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INTERVIEW:HONEY DIJON(2)「ダンスミュージックは、都市部に住む有色人種の、音楽的に最も前衛的なクィアーたちから生まれた」

世界一ヤバいDJのひとり

Mixmag Japan | 13 December 2017

過去、現在、未来は全て
同じタイムラインの上に位置しているわ

 パリのRex Clubは外から見ると劇場のようだ。バックライトに照らされた文字が、最新のヒット公演のように見える。そして、中に入ると、ヘッドライナーであるハニーのDJが、壮大な物語を語り始めている。「私が育った頃は、音楽が文化的、社会的変遷と結びついていたの」と彼女は語る。彼女が子供の頃に聴いた音楽は公民権運動に密接に結びついていたし、彼女が、かなり奇妙なレコードまでかけてしまうのも、彼女の真の博愛が滲み出ているのだ。例えば、「Canto Della Liberta」のキンクのリミックスをプレイするのが好例だ。風変わりで不協和音的な曲だが、激しいヴォーカルが抗議デモの熱気を再現している。

 かつて彼女は、性と文化の革命が巻き起こる90年代のニューヨークにおいて、真っ暗なクラブで踊ること「蜂の巣の蜂」に例えたことがある。Rex Clubでハリー・ロメロの「Indy loop」につなぐ。正直、これまでやや軽視していたトラックだ。彼女は、唸るベースラインを驚異的なインパクトで前面に押し出し、ダンスフロアーの音響は女王蜂を中心に渦巻く。ITVの例のタレント発掘番組のように巨大な赤いXが壁に光る。ブースでは、ハニーが自由に動いている。片手は4つのデッキをミックスするミキサーから離れすぎないようにしながら、身体は音楽に合わせて激しく前後に動き、拳はゆらゆらと中空を漂う。

 その後、彼女はロン・ハーディの「Sensation」の未発表バージョンと、自身とCakes Da Killaのコラボ「Catch The Beat」をミックスし、シカゴ・クラシックスと典型的な進化型ハウスのコンビネーションを聴かせてくれた。「物理学的に考えれば、過去、現在、未来は全て同じタイムラインの上に位置しているわ。私が音楽をプレイする時は、そういうことを考えているわ」とハニーは語る。「私は、音を通して人々のつながりを促進したいの。ドチャクソにドープなら、クラシックスだろうが、先週どっかのガキのベッドルームでできた曲だろうが、同じよ。とどのつまり、シェアすることが好きなの」。

 「シカゴで鍛えられた」DJとして、ハニーは、故郷の豊かな土壌が彼女に競争力を与えてくれたと評価している。「シカゴには3000人のDJがいるから、目立つためには、普通以上に努力しないとダメ」。折衷的で、予想がつかないようにすることで、彼女は認知された。「Catch The Beat」は、彼女の自由な発想を象徴するような一作だ。ラッパーの歌がディープ・ハウスのセクションで売られているのを何度見たことがあるだろうか?「ハニーと作業するのは、とても光栄なことだった」とCakesは語る。「背景が似てるのよ。有色人種のアーティストで、人の言うことなんて糞食らえ」。

 また、ハニーの作品は、情熱からではなく、必然的にカルチャーに埋もれて生きる者の人生経験を反映している。いかにも人工的なジェンダー・ロールについて、幼少の頃から不快に感じていた記憶があるという。彼女が育ったのは黒人やラティーノが大半を閉める界隈で、通ったのはカトリック学校だったので、辛さはなおさらだ。「家族は素晴らしかったわ。でも、一歩でも家を出ると、地獄だった」と彼女は語る。「暴力も少なくなかった。サバイバル術を覚える必要があった」。彼女の美的センスについては、両親と若干の確執があったが、ピアスやタトゥーを入れようとする子供が直面する抵抗と同程度のもので、概ね、彼女が自分自身を貫くことを支持してくれたという。

多数派の社会に溶け込めなかった彼女は、より破壊的な活動に傾倒するようになる。カトリック学校に通ったことの効果は、地獄に行ってみたいという衝動として出現した。「ミルクとハニーの地になんて興味がないわ。永遠に、セックスと、ドラッグと、ロックンロールのある場所が良いわ」と彼女は笑う。「本当に、誰にも救われたくなんかないの。地獄は、アフターパーティみたいなもんよ!」パーティが彼女の逃げ場所になった。クラブは、批判的な眼差しを浴びることなく、自分自身になれる場所だった。「踊りに熱中する」同性カップルなどを初めて目にした時の興奮を息を切らしながら回想する。「似たような人を見たのはとてもエキサイティングなことで、自分がおかしくないってことを知ったの」と彼女は、途中から感傷的になりつつ語った。「半ば強制的にこの不適合者の世界に追い込まれたけど、本当に神に感謝してるわ。今の私があるのは、このおかげだもの」。

© Photography by Daisy Denham for Here & Now (www.fb.com/wearehereandnow)

「ダンスミュージックには
彼女のような怒れるビッチが必要」(Dカーター)

 黎明期から目撃してきたハニーは、ダンスミュージックの進化を語るのにふさわしい素養を持っているが、彼女に言わせると、進化し続けているのか、疑わしいという。「ダンスミュージックは、ものすごくモノカルチャーになってしまった」と彼女は言う。「カラフルなクラブが懐かしいわ。ダンスフロアでビデオ撮影をしてる人は、クラブに何も持ち寄ってないの。抽出しているだけ。突っ立って『この曲何?』とか、知ったこっちゃないわよ! 踊りなさい! ダンスフロアには、彩りや、他と違う何かを持ち寄るものよ」。
ハニー・ディジョンの、ダンスミュージックの「違う何かを持ち寄る」ルーツと力を知る生きた経験は、クラブカルチャーが日増しに「ヨーロッパ系のノンケ男」たちに植民地化されつつある現代において彼女の存在意義を重要なものにする。

 「彼女は、怒れるビッチなんだ。ダンスミュージックには、怒れるビッチが必要なんだ」と語るのは、10代前半の頃に共通の知人を通して知り合って以来、ハニーと仲の良い、デリック・カーター。「人に沈黙させられるというのを二人は共に体験しているので。毅然とした、怒れるビッチであるということは、とても有効な対抗手段なんだ」。

ハニー・ディジョンは怒れるだけではなく、会話すればすぐにわかる、強烈な知性の持ち主でもある。思慮深く、しかし、ナイフのように研ぎ澄まされている。

 建築の高級化からエイズ問題まで、彼女のコメントは機知に富んでいる。ダンスミュージックが文化的に解毒されてしまったのは、エイズのせいだと言う。「このジャンルで最もクリエイティブな二世代を壊滅させただけでなく、その才能の最も良き理解者たちも一緒に奪われてしまった」。彼女は、人種差別に根付く暴力がブラック・ミュージックに与える影響についても懸念している。

「ダンスミュージックは、都市部に住む有色人種の、音楽的に最も前衛的なクィアーたちから生まれた。ロン・トレントは15歳の時に『Altered States』を作ったのよ。今、アメリカ中でたくさんの黒人が殺されている。有色人種の若い子供たちは、常にそういう暴力に晒されてきたわ。でも、今日起きているような露骨な抑圧を目にすると、今当たり前のように存在している音楽とカルチャーが、未来も存在し続けるかどうか、分からなくなるわ」。

 DJがすっかりブランド化した現代、トロクスラーは、重要なことに誠実であり続けるハニーの姿勢を絶賛している。「世界一ヤバいDJの一人であると同時に、彼女は、自分らしくあり続けている最後のDJの一人でもあると思うんだ」と語る。「彼女のインスタグラムを見ると、題材は、徹頭徹尾、カルチャーであり、歴史なんだ。彼女は、このために生きている。彼女の友人たちは、このために死んできたんだ」。

私はこれまでも今も、どこにも馴染めない。
ただ、アートは居場所を与えてくれたわ

 ハニーが「ベルリンの親友」と形容する比較的新しい友人Matrixxmanは、スタジオにいるときのハニーの清涼剤的役割についてコメントする。「テクノはソウルの少ない一方調子な曲を延々かけるところがあるので、煮詰まりやすいんだ。ハニーがいると、足りなかったファンクをそこに足してくれる」。ハニーも「なんだか同じクラブで、同じ顔ぶれで、同じレコードをかけるために曲を作ってるみたい」と周りを批判する。「その曲、去年もあったよね? って思うことがしょっちゅうよ」。

 幼少時代に、1台しかなかったターンテーブルで延々、レコードを交換しながらプレイしていた時のことを話しながら、彼女は笑顔になる。「私は、『セレクター』っていう言葉が登場する前からセレクターだったのよ」。ハニーは、言語についてもよく考える。彼女の自分探しの旅は、彼女が小学生に上がる前から始まっていた。トランスジェンダーという言葉すら無い時代の話だ。このレッテルも、コミュニケーションの便利のために容認しているが、必ずしもしっくりきている訳ではないという。「私たちの体験は、言語に支配されている。ジェンダーもしかりよ」と語る。「『トランスジェンダー』という枠で話をすることがあるけど、それはコミュニケーションの都合上のこと。私は、本来はそういう風に考えてはいない。私は、私なだけ。他のみんなは、取られちゃってるもの! 私は、私でいるしかないでしょう?」

 彼女のアウトサイダー的なステータスの一つのメリットは、彼女が、音楽やファッションなど、様々な境界を超えて存在できることだ。「私はこれまでも、今も、どこにも馴染めないの。アートは居場所を与えてくれたわ」と、幼い時期にクラブに通ったことや、アート、建築、デザイン、ファッション、写真などについて読み漁ってことを振り返る。

 音楽の世界では、PanoramabarのようなアンダーグラウンドなロケーションからHï Ibizaでの”Glitterbox”のようにキラキラしたパーティまで、プレイするパーティの幅広さで彼女はユニークな存在だ。午前6時、Rexの外で別れの挨拶をすると、ハニーはタクシーに飛び乗り、ニューヨークへの長旅に向けて出発した。クラブから空港への道のりは旅の道中でも一番つまらない時間帯だが、その間もハニーは温かく、アップビートだ。今月のカバーミックスの選曲の合間に機内で読むつもりのFrench Vogueを手に持っている。彼女の乗った車が走り去ると、早朝の暗さと静けさが突然、冷たいシャワーのように我々に襲いかかる。体調が悪くなったり、幻覚も見えないが、彼女がいなくなったことで、パリは急に色あせたような気がする。

ハニー・ディジョンのアルバム『The Best of Both Worlds』は、Classicから好評発売中

INTERVIEW(1)

 

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