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INTERVIEW:DJ OGAWA(2)「曲をかけたときに、“あ、これOK”という瞬間があるんです」

地球の裏側アルゼンチンでDJ OGAWAが受け入れられた理由

Mixmag Japan | 27 December 2017

名古屋を拠点に活躍をするDJ OGAWAが、今年で3度目となるアルゼンチンDJツアーを行った。世界トップクラスのDJエルナン・カタネオに認められ、エルナンプレゼンツ!?の元に、ブエノスアイレスを始め4都市でプレイ。耳の肥えたアルゼンチンのダンス・ミュージックファンを完全にノックアウトしてきた。すでにDJ OGAWAのブログでも紹介されているけれど、改めて肉の話からダンスミュージック事情まで……アルゼンチンの話を聞いてみた。

◆ ◆ ◆

メジャーだろうがアンダーグラウンドだろうが関係なく
自分の好みのサウンドを追求する人が多い

──ミックスはアルゼンチン用に選曲を変えていますか?

O 変えています。基本的なスタイルは変えていないんですけど、アルゼンチンの人たちはダンスミュージックがとても身近にあって、常にiPhoneやiTunes中にいろんなDJのミックスが入ってたり、それこそ僕も番組持ってますが『FRISKY RADIO』なんかのミックス専門ラジオなんかを聴いてたりします。そこでプレイされてた中でお気に入りの曲があったりすると、YOUTUBEやSOUNDCLOUDなんかに上がってるのを探して普通に聴いてたりするんです。メジャーだろうがアンダーグラウンドだろうが関係なく自分の好みのサウンドを追求する人が多いというか。

となると普通にリリースされてBeatportに上がっているような曲をかけるというよりは、自分的にも、また聴いてくれてる人にとっても何が一番刺激的かって考えると、個人的に送られてくるアーティストからのデモだったり、レーベルから送られてくるプロモだったり、まだリリースされていないけどすごくかっこいいって曲をいち早くかけるチャンスでもあるんで、そこはチャレンジしています。もちろんまだ情報公開厳禁だったり、まだアンサイントラックだからって送られてきた曲はラジオとかだとかけられないですし、逆にリリースのタイミングが合えば多少なりともプロモーションに貢献できればとその曲を入れるってことはもちろんします。

──デモの段階でのレコードや、ホワイトレコードをかけるような感じですね。

O この風潮は、エルナン・カタネオがオーディエンスに与えた影響かなと思います。エルナンが毎週やっている「RESIDENT」というラジオ番組があるんですけど、毎回ものすごい数の人が聴いているんですよ。5年間、毎週かかさず土曜日の21時からのコアタイムにやっているんですけど、エルナンがかける曲のトラックリストを見ると、まだリリースされていない曲はもちろん、有名な曲のアンリリースドな誰かのエディットだったり、それこそ無名のアーティストの曲だったり。

アルゼンチンには海外のトップレーベルからリリースするベテランアーティストからまだ無名のアーティストまで層がものすごく厚いんですけど、エルナンのラジオでプレイしてもらうことがアーティストにとっても一つのモチベーションになってて、さらにリスナーからしても良い音楽を知るきっかけにもなってる。すごくいいバランスです。

──OGAWAさんはそんなエルナンが認めたDJということになりますね!

O 認められてるかどうかはわかんないですけど(笑)。3年前に初めて僕がアルゼンチンに行ったときに、エルナンがサプライズでベニューを用意してくれたんですね。耳の肥えたアルゼンチンのお客さんの中でもコアな音楽ファンがくる状況をエルナンが作ってくれて、OGAWAもそこだったらDJしやすいだろうって。集客してくれるために40万人以上いる自分のfacebookで、「自分のアミーゴが日本からやってきてプレイするから、今晩みんなそこで会おう!」と言ってくれたりして。

エルナンは世界的にももちろんトップDJの一人ですが、アルゼンチンでは国民的なスター。自分がDJをするときに一緒についてきてくれて、みんな驚きですよね……「エルナン・カタネオが本当にきた!」って(笑)。SHAMROCK BASEMENTってクラブだったんですけど、そのときのプレイがその核となってるミュージックラバーに認めてもらえたみたいで2年目の4カ所でのギグに繋がりました。

とはいえ初年度もそうですけど、去年の4カ所も今年の4カ所も全部エルナン自らが各クラブやプロモーターに直接交渉してくれてたんで、みんなかなりの驚きだったようです。本当に恵まれた環境の中プレイさせてもらえてエルナンには感謝しても感謝しきれないですね。

──どんなサウンドがアルゼンチンの人たちは好きなんですか?

O 僕はプログレッシブハウスと呼ばれるようなサウンドをメインにプレイしているんですが、アルゼンチンはその代名詞とも言えるエルナン・カタネオのお膝元。でも、プログレッシブハウスのシーンもしっかりあれば、テクノやテックハウス、もちろんEDMまでそれぞれとても大きなシーンが存在してて、オーディエンスはどっちがどうとかではなく全てのシーンに対してお互いに尊重し合ってる。

僕がプレイした4カ所でいえば、もちろんプログレッシブハウスが主体なんですけど、いいグルーヴ感さえあればオーディエンスはちゃんとキャッチしてくれる。プレイした翌日のオーディエンスの反応がすごいんですけど、起きてメールを開けるとFacebookのMessengerに何十通ものメールがドワっときててその内容のほとんどが、「いい音楽をありがとう」「素晴らしい夜をありがとう」なんですよ。なんか感動してしまって。ビックリしました。「ありがとう」ってそれは僕が言わないといけない言葉じゃないですか。

とはいえ初日のブエノスアイレスのBAHREINでは、エルナンがSNSで告知してくれたおかげでオーディエンスからの期待度も高まってたし、注目度が半端なく、ヨーロッパをツアーで回ってたりブエノスアイレスでも毎週末2000〜3000人規模のクラブでDJしてるMariano MellinoとかMarcelo VasamiとかSoundexileとかNicolas Rada、Paul DeepとかJohn Cosine等々のそうそうたるブエノスアイレス中のトップDJがみんな集結してくれてたんで、いろんな意味で自分の中でのプレッシャーがすごかったんです。もちろんいい意味でのプレッシャーですけど。

──実際にプレイをして手応えがあった瞬間はわかりましたか?

O DJをやっているとたまにあることなんですけど、曲をかけたときに、「あ、これOK」という瞬間があるんです。ピシーっとすべてが見えるというか、全部が止まって見えるというか。今回もDJをしていて、最初からそれが見えたので、大丈夫だなとは思いましたね。だけどDJをしているときに、ふっと後ろを見るとエルナンや他のDJの人たちが観ているわけですよ。それを見ると、まだ現実に引き戻されてすごいプレッシャーが襲ってくる(笑)。
でも徐々にギアを上げていくとブースまわりにいたDJたちも「GO! GO! OGAWA!」みたいになってきて。さらにエルナンも後ろで1番喜んでくれてて。自分の中でも「ヨシ!」っていう手応えがあったんで、プレイが終わったあとでみんなに「良かった」と言ってもらえて嬉しかったですし、何よりオーディエンスからの反応がすごく嬉しかったです。

──エルナンもすごく喜んでくれたようですね。

O エルナンの家って街から50分くらい車でいったところになるんですけど、鳥のさえずりしか聴こえないような場所なんですよ。夜になると、シーンとしてて。僕はDJをするのが3時くらいからだから、1時くらいに家をでようってことで、時間が近くなるとエルナンの「オガワ! オガワ!」ってささやくような声が聴こえてて、そこからエルナンが運転する車に乗って、クラブへ向かうんです。

クラブについた瞬間から僕がプレイしてる間エルナンはお客さんからずっと写真と握手求められてて、終わってから今度は僕が写真と握手されてるのを待っててくれて、その後再びエルナンが運転してくれて家に帰るんですけど、帰り道まっすぐ行けば南米中米北米を横断しアラスカまで続く“パナメリカ”っていうハイウェイを走りながらエルナンに、「シームレスなミックス、スローなトランジッション、プログラミング、全てパーフェクト!みんなアイラブオガワ!って言ってて最高だ!」って言われたとき、後ろからは朝日がブワーッと上がってきてて、目の前にはすごく大きな白い月があり、その感動的な光景とプレッシャーからの開放感、そして達成感があいまってなんか泣きそうになりました。いまだに思い出すと泣けます。

チャンスは誰にでも来ていて、そのチャンスがきたときに、
自分がどれくらいのことをできるか

──盛り上がった曲はなんでしたか?

O Stereoundergroundってイスラエルのアーティストがいて、彼とは仲が良いんですけど、「Flashers」という曲があるんですね。その曲をデモの段階で彼が送ってくれてて、今回一番山になるだろうなと思ったんですけど、やはりどこの場所でも一番盛り上がりましたね。嬉しいことに僕のアルゼンチンツアーが公開されると、世界中のたくさんのアーティストがツアー用にってデモやプロモを沢山送ってくれるんです。その曲もその中の一曲だったんですが、特にカッコよかったというか、エルナンも「この曲なに?」って聴いてきましたから。お客さんもその曲をかけてる時の動画をFacebookやInstagramにかなりの数あげててくれて「OGAWAがかけていたこの曲のトラックIDプリーズ」って感じで結構話題になってました。あと、このツアー用に楽曲制作のパートナーOMBと何曲か制作しプレイしたんですが、まだどこからリリースするとか何にも決まってないんですが、「RAINBOW CITY」って曲も沢山動画でアップされてて、自分でもこの曲かけてる時の動画をアップしたらその瞬間から「いつリリースされるんだ?」「ラジオで使いたいから送ってほしい」とかってメールがガンガンきちゃったりしました(笑)。

──アルゼンチンでは各都市どんな場所でDJをしたのですか?

O 2日目が南米大陸の先端、地球上で最南端に位置し“The end of the world”と言われている、海を渡れば南極っていうブエノスアイレスからでも飛行機で約4時間、多分日本から一番離れた場所のティエラ・デル・フエゴ島にある「ROSE MUSIC BAR」。ここでは『La Biblia Del Dance』っていう20年間も続いてるダンスミュージック専門のラジオ局があってその20周年パーティのゲストプレイさせてもらいました。

ブエノスアイレスではTシャツ1枚で大丈夫なんですがここはさすがに南極近く。ダウン着てても風が肌に突き刺さる感じで、そんなところにクラブミュージックの文化があるのかなと思ったらしっかりとあって、僕は3時からクラブでプレイをしたんですけどすごくたくさんの人がきてくれてパーティは大盛り上がりで熱い夜でした。トミイエさんとかがもしここに行ったことなければ、日本から一番離れた場所でプレイした日本人DJって僕ってことになりますね(笑)。

翌週金曜日が去年もプレイしたコルドバの「No Lo Cases A Colon」。コルドバの空港からこれぞアルゼンチン!っていう地平線が見える大平原が変わることなく延々と続く景色を車で走る事3時間。去年は僕の名前入りのサッカーユニホームをプレゼントしてくれたり大歓迎されましたが、今年は僕のイラストをパステル画に書いてくれてファンの人がプレゼントしてくれたりして感激しました。ここでも3時からの3時間セットだったんですが、去年以上に最後まで終始パンパンでフロアからのエネルギーがすごかったです。

翌日はアルゼンチンの北のトゥクマンという街の「La Boite」でプレイ。ここは南米屈指のクラブでキャパ1500くらい。去年プレイした中でも一番手応えあったというか、オーディエンスからの良い音楽を求めるエネルギーがすごいんです。去年のプレイが好評だったみたいでクラブ側からも熱烈なオファーがあったこともあり、FacebookやInstagramでの期待感が半端なかったんです。なのでエルナンのアイデアで、プロモーション用に動画を撮ろうってなって、こんにちはトゥクマン。DJ OGAWAです〜」みたいな内容だったんですけど、台本を作って僕が日本語で話をしたら、横でエルナンがスペイン語に訳してくれるという(笑)。それをクラブへ送ってくれたんですけど、そしたらその動画がシェアとかされまくって一瞬で2万ビューとかされて、アルゼンチン中に広がったという。そのおかげで僕がクラブに到着したときにはクラブの外に長蛇の列ができてる程大盛況でした。

ここではヨーロッパの数々のレーベルからもハイクオリティな作品の数々をリリースしてるFederico Monachesi君がウォームアップDJをしてくれたんですが、そのプレイが素晴らしかったおかげもあり、最後感動で涙が出るほど、ツアーファイナルにふさわしく最高のパーティになりました。

──10年前には、まさか自分がアルゼンチンへ行って、こんな大盛り上がりするとは思っていましたか?

O 思っていませんでした。でもアルゼンチンは、もしかしたら何かの機会で行けるのかなとは思っていました。ただ、あの手この手を使って叶ったとしても、それってリアルなものではない。なんかそういうのはタイミングがきて、ここだっていう時があると思っていたんですよ。それが今だったのかなと思うことはありますね。俺が!俺が! 、何でもかんでもやりたい!やりたい!という感じで行ったわけではなく、ちょうどそのタイミングがあったんだと思います。自分が行きたいなと思っていたら、いつか行けるときが来るものなんですね。

そのチャンスがきたときに、きちんと自分の準備ができているか、できていないか。僕の場合は、4年前の僕だったらまだ状況が整っていなかったかもしれません。でも3年前は状況が整っていた、ってことなのかなと思います。チャンスは誰にでも来ていて、そのチャンスがきたときに、自分がどれくらいのことをできるか。その結果、誰かが評価しれくれたことが“運”だと思うんです。今回最終日に行ったLa BoiteでのDJしてるとき、盛り上がっているフロアを観て「僕は運がいい」と思ったんです。

アルゼンチンは国が大きいから、移動距離も半端ないし、何回飛行機に乗ったのかもわかんなくなるくらい、結構体力的にも結構きつかったです。だけど、プレイを終えホテルの部屋に戻って、Facebookを開くとすごい数のメッセージが入っていて、エルナンからもメッセージがきていて、「俺はハッピーだ」「OGAWAサクセス!」って。それで全て吹っ飛びますよね。

アルゼンチンの国民性なのか日本人に似ててちょっと控えめというか思慮深い印象なんですが、すごく優しさや思いやりもあって、一度受け入れてくれたらとことん応援してくれるんです。今回のツアーもどの場所でも何百人ものアルゼンチンの人々に受け入れてもらえた上に、素晴らしい経験をさせてもらうことができて、本当に良かったと思います。

photo by @maxkleinph

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DJ OGAWA オフィシャルサイト
DJ OGAWA SoundCloud

 

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