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FEATURES

ANDREW WEATHERALL: 音の革命家にして自由の体現者

最後まで妥協を許さなかったレジェンドについて

Mixmag Japan | 20 February 2021

Andrew Weatherall, Andrew Weatherall DJ, mixmag

Andrew Weatherallが他界してから1年が経った。以降も彼のDJを聴き続けている身としては、その実感はいまだにない。ファンの多くが今日も彼のミックスを話題に上げているし、死後に至っても曲はリリースされ続けている。どのジャンル、どの界隈にいる人間も、みんな彼のことをリスペクトしていた。

何せ、彼は史上最高のDJであり、リミキサーであり、プロデューサーであったのだ。また、何世代にもわたるサブカルチャーの歴史に名を残した音の革命家であるだけなく、紳士的な学者でもあった。知識と理解への欲求を決して失わず、自分が学んだことを共有することに喜びを感じていた。他のアシッドハウス世代の重鎮たちが自分の作家性に固執する中、彼は年を重ねるごとにオープンマインドになってゆくように見えた。そしてカルチャーに参加することは、単に消費行動のやり取りをするだけでなく、本当の意味で「生きる」ことであると我々に気づかせてくれた。彼はまた、親切で、面白くて、寛容な精神を持ち合わせていた。いまだに“高尚なスーパースター”へのアンチテーゼのアイコンでもある。

Weatherallは、かねて多面性を持っていた。イギリス南部のバークシャー州ウィンザーで10代~20代前半の時期を過ごした彼は、ポストパンクシーンを渡り歩き、フリーランスの音楽ジャーナリストとしての道を歩み始めた。そのすぐあとに、Throbbing GristleやJah Wobbleのような、独特なネットワークとアイデアを持ったジャマイカのダブ・プロデューサーたちに惹かれていく。バレアリックの美学に開眼したとき、ジャマイカン・ダブの奇特さと、DJ Alfredoがイビサでプレイしていた奇妙でダークなエレクトロニック・レコードが同じ系譜上にあるように感じられた。それによって、彼は「多様な音楽の中に自身の物語を見つけ出すのは可能なのではないか?」と考えるようになった。

その後、Cymon Eckel、Steve Mayes、Terry Farleyと組んで「Boy’s Own」を結成。ファッションや音楽、探求心への愛で結ばれたクルーであった。その中にあって、Weatherallが提供したのはカッティングエッジな音楽だけではない。悪魔のようなワードセンスと鋭い洞察でもって、彼らが刊行するファンジンをパーティと同じぐらい重要なものにした。アシッドハウスがブレイクしたとき、Boy’s Ownが果たした役割はまさしく“雨の後は上天気”といったものだった。コマーシャルなムーブメントが嵐のようにやってきたあと、パンキーでお茶目なカウンターポイントとなったのは彼らである。重要なのは、彼らにその自覚があったことだ。

パーティからは様々な繋がりが生まれた。Happy MondaysにThe Farm、そしてもちろんPrimal Screamなど…。大抵はアウトローなミュージシャンばかりだったが、Weatherallの周りには素晴らしい才能がたくさんいた。Primal Screamのアンセム「Loaded」が生まれたのもこのころである。が、Weatherallは当初スタジオ周りの勉強をまったくしていなかった。そこで、エンジニアのHugo Nicholsonと共にスタジオ入りし、「I’m Losing More Than I’ll Ever Have」のリミックスとして誕生したのが同楽曲だった。これによって、インディー・ロックとダンスミュージック、アンダーグラウンドとヒットチャートの境界線が一気に吹っ飛ばされる。そしてこれをきっかけに、Weatherallのプロデューサーとしての輝かしい人生が幕を開けたのだった。彼はコマーシャルなものに対しては常に懐疑的だったが、決して冷笑主義者ではなかった。自身や自身が信じるもの、あるいは仲間の成功に対しては大いに喜んでいたのである。その時代の幸福と可能性を表現する新しい方法を見つけ出していた。さらには、曲のタイトルやサンプリングを通して、彼はオーディエンスを壮大な音楽の歴史の旅へと誘っている。Lee HazelwoodやNancy Sinatra、Throbbing Gristle、Prince Far I、Brian Wilsonなどは、Weatherallを通して当時の若者へ伝えられた。

Andrew Weatherall, Andrew Weatherall DJ, mixmag

もちろんDJとしても大いに成功している。バレアリックなセットから広がった彼のスタイルは、あらゆるジャンルに合わせたミックスを展開できた。ソウルボーイやインディー狂いの学生、あるいはイタリアのファッショニスタまで、彼はあらゆる領域のキッズたちを虜にしていった。初期の頃は必ずしもテクノは範疇としていなかったが、キャリアを重ねるごとにその界隈でも活躍し始める。彼が言うところの、“プラハで喰らったあと”は、世界でもトップクラスのDJたちと肩を並べるようになった。この10年間における彼の成功は、Paul Oakenfold、Carl Cox、Laurent Garnierに匹敵する。しかし、彼は決してスーパースターになろうとは考えなかったのだ。

90年代半ば、同世代のアーティストたちがどんどん大きなアリーナで演奏するようになっていく中、David Harrowと組んだデュオ「Bloodsugar」と同名のクラブナイトをロンドンに作った。そこで開催されたパーティでは、のちにベルリンを席巻するミニマルテクノを先取りしていたのである。その後まもなく、Keith Tenniswoodと「Two Lone Swordsmen」を結成し、エレクトロとサウンドシステム・ベースへ傾倒した。他にも多くのスタジオやアーティストと関係を築き、独自のサウンドを深めていった。Nina Walshとの「Woodleigh Research Facility」、David Hedgerとの「Lords of Afford」、Tim Fairplayとの「Asphodells」などなど…。リミックスを手掛ける際は他の誰も思いつかないようなアイデアを提供し、共同プロデュースでは相手のユニークさを尊重した。

Andrew Weatherall, Andrew Weatherall DJ, mixmag

彼の功績を称えるならば、彼について書かれた文章をリストアップする本が1冊必要だ。そのキャリアの中で、彼が最高のリミックスや楽曲を発表しなかった年はなかったし、週末はどこかのクラブで必ずプレイしていた。そのうえ、ホストを務めていたNTS Radioでは文字通り“あらゆる音楽”をかけていた。ディープなテクノから生々しいロカビリー、宇宙的なアンビエントに世界の終わりで鳴り響くようなダブ…。そのたびに、我々の心を何度も何度もつかんでいた。彼とSean Johnston (Hardway Bros) による「A Love From Outer Space」は、“終わりのないグルーヴ”を表現していたように思われる。それはつまり、大げさでなく、オーディエンスの日常と地続きで、けれどもその深さを体感できるような。Weatherallは常に、目新しさや表面的な達成感よりも、継続的な仕事の重要性を強調していた。ヒットチューンを作ることや、コマーシャルな仕組みを発明することには興味がなかったのである。彼の多作ぶりとクリエイティビティは、誰かの承認を得ようとすることによってではなく、ダブ、ディスコ、サブカルチャー、奇特なアイデア、そして人々への飽くなき愛情に由来していた。

また、彼は音楽と同じように、リベラルな作家や戯曲家の研究に熱心だった。今でも偉大な文化評論家のひとりとして数えられるだろう。彼の友人であり出版業界に身を置くLee Brackstoneは、彼に何度も回顧録を書くよう迫っていた。しかしWeatherallには多くの言葉は必要ない。生前に収録されたNTSで、彼はビートレスで宇宙的なミックスを展開していた。そしていつもの口調で、こう語る。「心の中にある暖炉のほこりを払う」。さりげなく、けれども確かに輝くフレーズだ。ほんのりアホっぽくて、優しくて陽気。このときのミックスの音楽的な機能が正確に表現されている。30年以上にわたって培われた彼の洞察力・感性・個性は、まったくユニークなものだった。そして我々は、彼の創造性はこれからも続くと思っていたのだ。彼がいない世界にはいまだに寂しさを感じるし、この喪失感は永遠に続くだろう。しかし、彼のレガシーは疑いようのないものである。素晴らしいレコードやDJセットを遺してくれただけでなく、我々にカルチャーに参加することの重要性を説いてくれた。それを、我々は忘れてはならない。


WORDS_JOE MUGGS
EDIT_YUKI KAWASAKI

 

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