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FEATURES

#BlackLivesMatterが起きる度に去来する、後悔と贖罪

#BlackLivesMatter

Mixmag Japan | 6 June 2020

#BlackLivesMatter, Black Lives Matter, mixmag

「#BlackLivesMatter」というハッシュタグがSNS上で確認されたのは、2013年のことだった――。

2012年2月の夜、フロリダ州に住むアフリカ系アメリカ人の少年トレイボン・マーティンが、ヒスパニック系の血を引く白人警官のジョージ・ジマーマンに射殺された事件に端を発する。丸腰だったマーティンに向けて発砲したにも関わらず、ジマーマンの正当防衛が認められ、翌2013年の7月13日に陪審が無罪を宣告した。これにより、ジマーマンの逮捕と十分な取り調べを求める運動へと発展していった。これが例のハッシュタグ拡散に繋がったのである。

その翌年の2014年7月のニューヨークでは、同じくアフリカ系アメリカ人のエリック・ガーナーが、当時警官であったダニエル・パンタレオによって絞殺される事件が起こった。さらに翌8月、ミズーリ州のファーガソンで当時18歳であったマイケル・ブラウン(丸腰)が、白人警官のダレン・ウィルソンによって射殺されたにも関わらず、同州の大陪審はウィルソンを不起訴処分とした。#BlackLivesMatterのムーブメントが各地で激しさを増し、国際的にも知られるようになったのは、この「ファーガソン事件」の後である。

音楽シーンにおいても、この動きに呼応するアーティストが何人も現れた。リッチモンド出身のシンガーソングライター、D’Angeloもそのひとりである。14年もの間、多くの人々が待ち続けたアルバムをこのタイミングでリリースしてきたのだ。本作のタイトルは『Black Messiah』。本来ならば2015年の上半期に世に出るはずだったが、予定を前倒しして、2014年の12月15日にリリースされた。ほぼ全てのメディアの“The Best Albums of 2014”が出揃っていたころである。その年の評価を大方覆すような、大傑作アルバムであった。

リリース時期を前倒しした理由は他でもない。先述の「#BlackLivesMatter」に連動したものだ。本人によるセルフライナーノーツにも書かれているように、本作にはアフリカン・アメリカンとしての強い政治思想が込められている。個人的にもオールタイムベストのひとつに数えるほど、このアルバムを至上のものと考えている。けれども、それはアメリカ人が考える評価とは異なるかもしれない。というより、極めて個人的な受容の仕方をしているだろう。それでも、今改めて本作について語らなければいけない気がしたのだ。5月25日にミネアポリスで起きたジョージ・フロイド殺人事件に端を発し、またしてもアメリカを怒りの炎が覆っている、今。
参考記事_全米でデモと略奪「黒人に正義を!」〜ジョージ・フロイド殺害事件

筆者の地元は茨城の片田舎で、コミュニティの規模も大変狭かった。地方にありがちな排他性も当然持ち合わせていたし、とにかく事なかれ精神が蔓延していた。そして14年前、中学2年生の時にアフリカ系のお父さんの血を引く女の子と同じクラスになった。特別仲が良かったわけではないが、席が近くなることが多かったような気がする。彼女はやたら数学のセンスがあった。必ずしもテストの点は良くなかったが、正答率20%を切るような問題に正解するような、そんなセンスを持ち合わせていた。しかもそれがラッキーパンチでなく、割と頻繁に起きるのである。その時も席が近かったので「なんでその答えになるの?」と聞いたのだが、言いよどみながらも丁寧に説明してくれた。詳細は忘れてしまったが、角度を求める問題だったと記憶している。聞くところによると、「解いているうちに思いついた」のだそうだ。

ある日、進路調査の用紙が配布された。前から順番に配られる紙を私に渡しながら、彼女は「親からは“スポーツ推薦を希望しろ”って言われてるんだけど、なんだかんだ学力も大切だと思うんだよね。…どう思う?」と聞いてきた。白状すると、このときの彼女が私に後者を肯定してほしかったのだと分かっていた。それでも私は、「どっちでもいいんじゃない?」と答えたのだ。彼女は明らかに、数学が好きだった。しかし私はそれを意図的に無視した。「数学よりも運動のほうが得意なんだし、ご両親もスポーツをやれと言ってるんだし…」。浅ましくも、当時の私はそう考えていたのである。「先天的にも身体能力に恵まれているのに、悩む必要なんてないじゃないか…」と、妬ましささえ感じていた。彼女の数学の才能を認めつつ、私はそれを黙殺したのだ。「どっちでもいいんじゃない」と答えたとき、彼女がどういう顔をしていたのか、全く覚えていない。

そのあと私たちは別々の高校に進学し、彼女の連絡先すら知らないまま時が過ぎた。もはや彼女と進路についてやり取りしたことを忘れていたが、ある時フランスの数学者ソフィー・ジェルマンについて知る。弾性理論の先駆者のひとりであり、フェルマーの最終定理が証明されるまでの基盤を築いた偉大な数学者である。ジェルマンは女性だ。彼女が本格的に活躍したのは19世紀初めの頃だったが、当時は女性が数学を志すことを良しとされず、学校に入学を断られたりもした。両親にすら数学の道に進むことを猛反対されたほどだ。けれども、彼女はその功績を讃えられ、今では「ソフィー・ジェルマン賞」という数学賞も設立されている。ジェルマンの生い立ちを知れば知るほど、私の記憶の片隅で疼くものが現れ始めた。私が中学時代に出会ったあの子は、ともすればジェルマンになれたのではないか…? 皮算用をしてみたところで、結果は誰にも分からない。しかし、中学生の将来なんて同じぐらい不透明のはずだ。事実、中学校を卒業して以来、彼女がスポーツで大成した話は全く聞かない。ちなみに、ジェルマンにはジョゼフ=ルイ・ラグランジュという理解者がいた。彼女のメンターであり、性別など気にせず、数学への情熱と知性を買ってくれた人だった。

『Black Messiah』の話に戻ろう。「BlackLivesMatter」と筆者の極めて個人的な中学時代、そしてソフィー・ジェルマンの生い立ち…。異なる話に見えるだろうか? 差別の問題は、人間が人間の肌の色を指摘しあうことではない。もっと構造的で、かつ根源的な話ではないだろうか。レイスとジェンダーの問題を一緒くたにしたいわけではなく、“差別意識は我々の日常に潜んでいる”ということが言いたいのだ。そしてそれは、時に素晴らしい才能を奪ってしまう。私は『Black Messiah』を聴くたびに、様々な思いが胸に去来する。権利を迫害されようものなら即座に声を上げるアメリカ人の勇気と知性に憧れ、過去の自分を懺悔し、それに対する贖罪の念が湧いてくる。歪でカオティックな感情でしか、このアルバムを愛せないのだ。

俺たちは話し合うチャンスが欲しかっただけ
代わりに手に入れたのはチョークで引かれた現場の跡
俺たちは血が出るほど途方もない道のりを歩いてきた
ある日の終わりに暴こう この虚飾(The Charade)を

これは決して、対岸の火事ではない。#BlackLivesMatter


Text_Yuki Kawasaki

 

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