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アフリカン・ルーツを掘り下げる: UKジャズに影響を与えるグライムとアフロビート

自身の音楽にグライムとアフロビートを注入するUKジャズのアーティストたち

Mixmag Japan | 15 December 2021

現代イギリスのジャズのシーンは、そのジャンルの境界線の拡大に勤しんでいる。Shabaka Hutchings、Moses Boyd、Nubya Garcia、Joe Armon-Jones、KOKOROKO、Ezra Collective、Swindleなど気鋭のミュージシャンたちは、特にグライムやアフロビートからの影響を取り入れ、各ジャンルのファンにとって、馴染みがありつつも新しいサウンドを創出している。

ジャズシーンにおけるこのムーブメントは、特に都市部におけるイギリスの多文化主義の表出だ。これらのアーティストの多くは、イギリス生まれのジャンル、グライムが誕生した頃に成長した世代である。

UKジャズの現状と同様に、グライムも異なるジャンルと融合して新しいものに生まれ変わっている。そのサウンドをインスパイアしたのは、ジャングルや、ガラージ、ヒップホップなど。また、いずれもコラボレーションを通してパワフルなエネルギーを獲得している。ただし、Déjà Vuのような海賊ラジオでセットを披露するのではなく、ジャズミュージシャンたちの多くは、11歳から25歳までの若者たちに無料の音楽教育を提供する取り組みであるTomorrow’s Warriorsのようなワークショップで、若い頃から一緒に演奏を重ねてきた。

そのような取り組みの成功事例としては、Sons Of Kemet、Shabaka And The Ancestors、そしてThe Comet Is Comingのサックスプレイヤー、Shabaka Hutchingsがあげられる。Tomorrow’s Warriorsは、彼に「若いうちからジャズを学ぶこと…ジャズミュージシャンであることの意味を、先輩ミュージシャンらが教えてくれた」という。

グライムに関しては、2011年以来の警察当局によるクラブの大量閉鎖などの影響で、このような環境が若干失われてしまった感がある。Tomorrow’s Warriorsも若手への無料サービスの提供に苦戦しており、コロナおよびその余波のせいで、クラウドファンディングなどに依存している状況だ。

もうひとつの成功事例であるサックスプレイヤーのNubya Garciaは、同サービスの重要性について「似たマインドを持つ人々によるコミュニティと、場所、ジャズ教育などを全て無料で与えてくれました。これは音楽関係の取り組みにおいて、とても希少なことです」と語った。

Tomorrow’s Warriorsは通常、若者というイメージがないジャンルへのアクセスを若い世代に提供することで、新しい世代に刺激を与えた。このネットワークにより、アーティスト/プロデューサー/DJのSwindleが成長期に感じたような孤立感に遭遇せずにすむ。また、同氏は「(学校では)真剣に音楽の道を進むことを推奨されなかった」ので、Tomorrow’s Warriorsのような機関の功績は大きいと語る。

グライムにせよ現在のジャズにせよ、DIYな側面があるシーンで、Swindleも自力で自分の居場所を獲得した。「若者たちが自らシーンをコントロールし、パフォーマンスの場所と、パフォーマンスを提供するオーディエンスを自分たちの手で開拓した」ことで「ロンドンのアンダーグラウンドにジャズが息づいている」とSwindleは語る。

この結果として、音楽も変わった。2020年マーキュリー賞にノミネートされたMoses Boydが「Stranger Than Fiction」で鮮やかに披露したように、アーティストたちは、さまざまな音楽的影響を自由にミックスできる。初期グライムを彷彿とさせるホーンや空気感は、Swindleも「Drill Work」で活用している。

Swindle & Ghetts – 「Drill Work」

しかしながら、ジャズとグライムのクロスオーバーは概ね限定的ではある。例外はBBC Radio 1xtraにおける2017年のセット・Jazz Meets Grimeや、「Frontline」のリミックスにおけるYusseff DayesとPa Salieu、Kamaal WilliamsがフィーチャーされたMezの「One Take Freestyle」、そしてSwindleのバックカタログなどだ。

ジャンル間のコラボが少ないことを聞かれ、意欲的なコラボレーターでもあるSwindleは「僕が自分の音楽を通して答えを探し求めている質問そのものだね。もしかすると、それぞれ異なる界隈で活動していて、ハマっているものも違うため、コラボレーションに向いていると感じないのかもしれない」と語った。Big Zuuも「そういうふうにジャズを聞いたことはないですね」と同意した。ただ、「ジャズはグライムを新しい方向へと進化させてくれるので、もっと多くの人がコラボに前向きになれば面白い」と付け加えた。

Shabaka Hutchingsの意見は少し異なった。彼にとっては、ジャンルやレーベルの問題ではないという。「ジャズと呼ばれようがグライムと呼ばれようが、私たちにとっては、自分をどう表現したいかの違いに過ぎません」。彼が選択した表現方法は、2019年のSomerset HouseのSons Of Kemetがヘッドライナーを務めるショーにD Double Eを登場させることだった。グライムの伝説がライブバンドにサポートされながらラップできる場を作ったのだ。

これは、伝統的なそれとは異なるリアクションを求めてプレイするようになったというジャズ界の変化を強調するような出来事だ。「着席して、夕食を楽しみながらの音楽ではないんだ」とSwindleは説明する。Hutchingsも「初めて聴く人にもわかりやすいアフロやカリビアンなリズム、メロディの採用など、間口を広げるための試みも少なくありません」と同意した。結果として「ギグに訪れる黒人も多くなったし、全体的に若い人が増えました」。Boydも「僕が若い頃はこんなに多様性がなかったし、もっともっと保守的だった。今は真逆だね」と付け加えた。

実際、オーディエンスやデモグラフィーの面において2つのシーンは似てきている。Hutchingsによると、2つのサウンドは相互に影響を与えるようになってきており、ジャズのそれと類似している例として、彼は「Hoodies All Summer」の制作スタイルについて触れた。

Hutchingsはこれが単発の出来事だとは思っていなく、「根底に流れるアフリカ起源を通した繋がりが聴こえてくれば、ジャンルの壁がなくなり、例えばジャズとグライムをどのように結びつけられるかが見えてくると思うんです」と続けた。

Ezra CollectiveやKOKOROKOなど、同ジャンルから影響を受けているグループについては、ジャズとアフロビートの繋がりははっきりと聴き取れ、新たなオーディエンスを引き込んでいる。メンバーの出自や2つのサウンドの歴史を考えれば、その繋がりは驚くほどのことではないだろう。

Ezra Collective – 「More Than A Hustler feat. Novelist」

アフロビートの父であるFela Kutiは、ロンドンのトリニティ大学で1959年にジャズを学んだ。アフロビートは、ジャズなどのジャンルをガーナのハイライフとミックスさせたサウンドだ。KOKOROKOの共同創立者Onome Edgeworthも「アフロビートを聴けばそこにジャズが聴こえるはずです」と同意し、人によってはアフロビートの重要性を理解していると言う。

しかしながら、Ezra CollectiveのメンバーでありソロアーティストのJoe Armon-Jonesは「音楽大学にいた期間中、『アフロビート』というジャンル名については聞いたことがありませんでした。同じ大学でFelaが学んでいたにもかかわらずです!」と語った。

もしかするとArmon-Jonesの教授たちは触れるほどのことではないと思ったのかもしれないが、1970〜1980年代において、ナイジェリアの軍部による政治に対して声をあげ、若者や労働者を代弁ていたKutiの音楽は重要だった。

Edgeworthは、アフロビートについて「成長時代に聞いた音楽に過ぎなかった。家でいつもかかっていたし、母と協働するアフリカのミュージシャンに囲まれていました。当時は全く普通のことだったんですが、振り返ってみるとなかなか特別な体験です。ライブ音楽に囲まれて成長することができたましたから、それはとても幸運なことだと思います」と語った。この成長の過程によって、彼のバンドが伝統を重んじることが確約された。KOKOROKOは、南ナイジェリアに住むウルホボ人たちが使うウルホボ語で「強くあれ」という意味の言葉だ。

KOKOROKO – 「Carry Me Home」

また、異なる文化圏にルーツを持つアーティストもアフロビートに影響を受けたと語る。例えば、Emma-Jean ThrackrayやJoe Armon-Jonesはロンドン、そしてイギリスの音楽および社会のシーンに存在する流動性の証のような人々だ。Nubya Garciaは「ロンドンは、その多文化的な気質のせいでインスピレーション、歴史、そして音楽的言語の坩堝となっていています」と語る。アフロビートは彼女の「リズミカルな推進力」に影響を与えていると、彼女自身が強く感じているそうだ。

現代アフロビートの隆盛は、この融合を特に重要なものにしている。Armon-Jonesは、これまで聴いてきた「Fela Kutiスタイル」のクロスオーバーを中心として、「ジャズと現代アフロビートの間には、それなりのクロスオーバーがある」と語る。アフロビート・アーティストとコラボした代表例としては、セカンドアルバム『Turn to Clear Vies』に収録されたObongjayarとの「Self Love」が挙げられる。J Husの「Must Be」などの曲にも、生楽器を取り入れることでジャズの魂が注入されている。

ジャズもアフロビートも一世代前のジャンルとして語られがちだが、Edgeworthは「今なお息づいています。ポピュラー音楽の最前線にいるわけではありませんが、その要素は、至る所で耳にすることができます」と強調する。「Beyoncéにせよ、Kendrick Lamarにせよ、Burna Boyにせよ、ジャズもアフロビートも聴こえてきます。個人的には、一般的に言われているよりも浸透しているサウンドで、良い音楽というのは、いつまでも生き続けるものだと思っています」と続けた。KOKOROKOの「Abusey Junction」は、この代表例だ。そのリズムと落ち着きを与える特性は、世界中で多くの人の心に触れたことだろう。

KOKOROKOにとって、そして今なお息づくジャズシーンのあらゆるアーティストにとって、「誠実なサウンドであり、可能な限りこれを探求しているサウンドを見つけ、それをさらに推し進めることが全てだと思うんです。消費したものは、必ずサウンドに現れます。(我々の前に登場したジャンルを)リスペクトし、自ら学び、そして自分たちを成長させていくことが、その新規性と創造性に真に敬意を表することだと思います…それを、実現したいのです」と語った。


Words_XAYMACA AWOYUNGBO

 

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