svgs_arrow-01-l svgs_close svgs_heart svgs_menu svgs_play svgs_stop svgs_arrow-02-b svgs_facebook svgs_instagram svgs_line svgs_search svgs_soundcloud svgs_twitter favorite player svgs_arrow-03-r svgs_setting svgs_slide-menu-bottom svgs_arrow-01-b more gift location recommended star clear

FEATURES

INTERVIEW:BUSHMIND「黒人最強説もあっという間に崩れ落ちた」

新旧問わず、ジャンル越え、ハイブリッド感覚のDJプレイが時代を変える。

Mixmag Japan | 11 June 2018

BUSHMIND, Rulers with Richness, Mixmag

アンダーグラウンドシーンではすでにお馴染み、DJ/音楽プロデューサーとして活躍するBUSHMIND(ブッシュマインド)。黒いノリも白いノリも網羅したDJプレイは、一度体験したらエンドレス……抜け出せなくなること確実だ。

— 音楽を聞き始めたきっかけは何だったのですか?

BUSHMIMD 10歳ぐらいの頃に、兄貴(現在デトロイト近郊に在住のDJ KAKU)に呼ばれて部屋に行ったらDJセットがあって2枚使いを見せられたんです。その時は俺は「ふ~ん」みたいな感じで特に興味は持たなかったんですけど、その後に姉からラジカセをもらって、聴くものがないからウルトラマンのテープを聴いてたんです。そうしたら兄貴が「そんなもん聴いてんな」ってカセットテープをたくさんくれて。後に分かっていくのですが、そのテープに入ってたのがJungle BrothersIce-TThe OrbKLFとか。なにも分かんないまま聴いてたんですけど、気づいたら好きになっている曲はいっぱいありましたね。The Orbの「Loving You」が入ってくる曲は特にお気に入りでした。あの混ざり方は影響受けているっぽいです(笑)。

The Orb – 『A Huge Ever Growing Pulsating Brain That Rules From The Centre Of The Ultraworld』(1991)

— HIP HOPにはまった理由を教えてください。

BUSHMIND 中学に入った頃ですかね。見た目も含めて悪そうでカッコいいと思ったのがHIP HOPでした。で、とりあえず下北沢に兄貴に薦められたPublic EnemyDigital UndergroundのCDを買いに行って。その次は自分で選んでみようって思って買ったのがDr.DreHouse of Pain。NBAにもはまっていたので、完全にブラックカルチャーに魅了されていました。当時はNBAは黒人の選手ばかりだったのもあって、黒人が一番強くて格好いいって思っていました。

― DJを始めたきっかけは?

BUSHMINDJUICE』(1992年公開)っていう映画です。観たのは14歳のときですね。ベタなんですけどDJバトルのシーンに食らってしまって。それで高校に入ったらDJをやると決めて、中学の終わりにターンテーブルをゲットしました。その後、高校に入ってから下北沢の古着屋でバイトを始めて。その店に横浜でDJをやっている人がよく来ていて、ヒップホップやDJのことを色々と教えてもらってたんですけど、ある日「クラブでDJをやりたいなら、先輩が新潟でクラブ始めるから見習いでやってみる?」と声をかけてくれたんです。新潟県湯沢の石打丸山スキー場のすぐ下にあって、そこに滑りに来る人たちをターゲットにしたクラブでした。高校は行ってたんで、冬休みと春休みの間は、まるまるクラブの裏に寝泊まりして毎日DJでしたね。店置きの定番レコードもいっぱいあって、それを使った営業プレイとかも仕込まれたりして。東京から来たゲストDJのプレイもいっぱい観れたし、なにより毎日クラブでデカイ音でDJできたんで、大きな経験になったと思います。

BUSHMIND, Rulers with Richness, Mixmag

― ヒップホップからテクノに興味を持ち始めたきっかけは?

BUSHMIMD 高校2年のときに、兄貴とその友達達が六本木でTECHNOのパーティをやるから、最初の2時間、12時までHIP HOPを回してほしいと頼まれたことがあって。俺が終わった後から4つ打ちが流れはじめて、気がついたら目の前に見たこともない光景が繰り広げられていて、「こんなパーティーがあるんだ!」と気付いたら自分も踊りまくっていたんです(笑)。音というより、場所に衝撃を受けましたね。それが最初のTECHNO体験でした。その後に兄貴の部屋で聴いたり、聴こえてきたTECHNOの音自体に徐々に興味を持ちはじめました。当時好きだったのはJOSH WINKDAFT PUNK、それからFATBOY SLIMは完全に心を掴まれました。やっぱりヒップホップが好きだったから、ブレイクビーツ物が多かったですね。

Daft Punk – 『High fidelity』

― 髪型をドレッドにしていたのもその頃ですか?

BUSHMIMD その当時にドレッドにしようと思って兄貴の知り合いがやってる原宿の美容室店を紹介してもらったんですけど、行ってみたら美容師はドレッドだけどHIP HOP色が一切無いし、思ってた雰囲気と全然違ったんです。TECHNOとは違う音楽がずっとかかってたんで、「これは何ていう音楽ですか?」って聴いたら「ゴアトランスだね」って言われて。ジャンル違いで話も噛み合わず、パーマ液つけて長時間ほっとかれたんですけど、長い間トランスの印象が良くなかったのはあれがあったからかもです(笑)。

― ’90年代後半であれば、まだテクノも日本ではアンダーグラウンドな時代ですね。

BUSHMIMD ですね。ただ俺が18歳の時に兄貴はアメリカのデトロイトに移住するんですよ。なんで一緒に日本でクラブ遊びが出来たのは1年ぐらいの間だけでしたね。その後に別で暮らしてた親父の家に引っ越したんですよ。そしたら同じタイミングで姉貴ともう1人の兄貴もそこに越してきて。それからですね、クラブミュージック以外の色んな音楽を知ったのは。2人に沢山教えて貰いました。黒人最強説もあっという間に崩れ落ちたし、価値観が完全に変わっちゃいましたね。特にサイケデリックミュージックの出会いが何より大きかったと思います。もう一つの世界があるのに気付いてからは、身の回りの物全てが新鮮で面白くなっちゃってました(笑)。

Rick and Morty Exquisite Corpse | Rick and Morty | Adult Swim

― トラック制作は何がきっかけで始めたのですか?

BUSHMIND 自分もトラック作ってみたい、みたいな単純な理由だと思います。最初買ったのはYAMAHAのリズムマシーンRM1Xで、その後にAKAIのMPC2000XLを買いました。ただ、MPCは楽しくなるまでちょっと時間がかかりましたね。

― 当時、参考にしたアーティストやトラックメイカーはいますか?

BUSHMIND ANTICONです。当時、TOY’S FACTORYってレコード会社の倉庫番のバイトをしていたんですけど、ディレクターの村上さん(村上譲:後にavexに移籍し、STRUGGLE FOR PRIDEBUSHMINDのCDをリリースした敏腕A&R)に、ANTICONの『GIGA SINGLE』ってCDを貸してもらって。ヒップホップとサイケデリックミュージックが完全に融合していて本当に衝撃を受けましたね。特に影響を受けたのがODD NOSDAMです。曲の作りが凄いシンプルでアイデア1発みたいなトラックがほとんどなんですよ。それを聞いて簡単に作っても曲になるっていうのが分かって。それから自分のMPCが本格稼働してトラック制作がどんどん楽しくなっていきましたね。


Chuck Mangione & E. Satterfield – 『Land of Make Believe (ZIggulad Remix)』

— 最近は音を作る上で、制作の手法や音的に変わったことはありますか?

BUSHMIND 制作方法は常に変わってると思います。というより出来るだけプラスαになる要素、新しいやり方やサンプルネタを入れるようにしてます。自分の使ってる機材やソフトも全然使い切れてないし、今は参考にできるトラックメイキング動画もネット上にいっぱいあがってるじゃないですか。制作方法もディグればいくらでもみつかりますからね。10分で曲を作る「AGAINST THE CLOCK」って企画があるんですけど、BWANAHAPPA、あとDAEDELUSの回がかなり飛ばされました。あとtofubeatsがやってる「HARD-OFF BEATS」って企画も面白いですね。

HARD-OFF BEATS 2018 ビデオレター編 「VaVa」

― 2007年にリリースの1stアルバムを制作したときは、SEMINISHUKEIというクルーとしても活動していましたが、どんなクルーなのか教えて頂けますでしょうか?

BUSHMIND 先日閉店してしまった西麻布にあるBULLET’SっていうDJバーがあって。その箱で開催した企画の名前がSEMINISHUKEIでした。2001年から5年ほど開催していたのですが、そこで配るようにCDRで自分たちの音源をまとめたのがレーベルとしての最初の動きだったと思います。メンバーは基本DJかトラックメイカーで、今現在幽霊部員も含めて30人ほど在籍してます。ジャンルの括り特になくて、独自のカラーを持っててピュアに音楽を追っかけてるのがメンバーの必須条件ですね。

― DJプレイでは、どんなスタイルが好みですか?

BUSHMIND 曲と曲が融合してパワーアップしたり、曲に新たな表情が出た瞬間が大好きですね。特に現場で閃いて1発でメイク出来た時は、1番アガるかもです。今までに影響を受けたDJでいうとDJ SNEAKDJ RUSH、それから一番研究したのはCARL COX2002~2004年はヤツのプレイを聴いて真似して、どうなってこう混ざるのかをひたすら研究しましたね。この時期の研究は今の自分のDJの土台になっていると思います。

BUSHMIND, Rulers with Richness, Mixmag

― これまでにDJをしてきた中で、思い出深いDJプレイはありますか? ミラクルが起きた瞬間などありましたら教えてください。

BUSHMIND いっぱいありすぎますね。ミラクルも修行も経験多数あります(笑)。これからもあると思うので、現場での体感をオススメ致します。とりあえず、渋谷AMATE-RAXIでRYOSUKE君とSOEJIMA君と企画した「RUSH」、SHIGERU OOSHIMA君と大阪で開催している「2×4」。この2つのパーティーがなかったら今の自分はなかったと思っております。

― 次のアルバムの計画などはありますか?

BUSHMIND 4枚目のソロアルバムはまだ考えていませんが、STARRBURSTDJ HIGHSCHOOLとのユニット、BBHの2枚目のアルバムリリースに向けて動き出しています。宇宙をテーマにしたサイケデリックヒップホップアルバムを予定しております。

― 今年後半にかけての予定、またDJ、サウンドプロデューサーで今後目指したいことがありましたら教えてください。

BUSHMIND 今年後半は自分が所属しているいるROCKASENのラッパーISSACのアルバム制作のサポートですね。今後というか引き続き目指したいことは、日々変化&吸収しながら新旧ごちゃ混ぜで毒っ気のある音楽を作り出していければと思います。ダサくなった先輩DJは、反面教師にして精進していきます(笑)。


photo:Daisuke Urano
text:Kana Yoshioka
Special thanks IKEBUKURO BED、NEW DECADE

■BUSHMIND
<URL>
soundcloud.com/bushmind
mixcloud.com/bushmind/
discogs.com/artist/1085235-Bushmind
twitter.com/bushmind

<MIX CD情報>

BUSHMIND, Rulers with Richness, Mixmag

BUSHMIND – 『Rulers with Richness』 O-RICH Label

Trailer: https://youtu.be/41UqGyyXjFQ

2×4
日時:2018年7月14日 (土)
場所: Club STOMP
Open/Start 22:00
fee/1500 without 1Drink
<イベント詳細>
http://club-stomp.com/2018/05/13/2×4-2/

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でMixmag Japanをフォローしよう!