svgs_arrow-01-l svgs_close svgs_heart svgs_menu svgs_play svgs_stop svgs_arrow-02-b svgs_facebook svgs_instagram svgs_line svgs_search svgs_soundcloud svgs_twitter favorite player svgs_arrow-03-r svgs_setting svgs_slide-menu-bottom svgs_arrow-01-b more gift location recommended star clear

FEATURES

INTERVIEW:DJ Rush「誰にも『お前には無理だ』なんて言わせちゃダメだ」

ダンスミュージック界屈指のレジェンドから飛んでくる檄

Mixmag Japan | 9 July 2019

DJ Rsuh

7月12日(金)、“ドラムとリズムの魔術師”の異名を持つDJ Rushが、渋谷VISIONで絶賛開催中のパーティ「ALIVE presents REBOOT」に出演する。DJとしてのキャリアは実に30年。ハードテクノサウンドのオリジネーターであり、屈指のレジェンドが長い歳月を経て日本を再訪する。シカゴから始まった彼の音世界は、ベルリンを経由して世界中に広がった。

Mixmag Japan誌面版第8号に続き、テクノシーンの生き証人に聞く「過去と現在」。そして若手への熱い檄。


― あなたは90年代の初めから活動してらっしゃいます。長くシーンで活躍される中で、界隈における最も大きな変化は何だと思いますか?

DJ Rush(以下、R) 30年も活動していると、10年ごとに大きな節目を感じるんだよ。良い変化があれば悪い変化もある。ただ、新しい世代のアーティストがシーンに台頭してくるのはいつの時代も素晴らしいよね。先人たちとは考え方やバイブスが違うから面白い。音楽の作り方だけじゃなくて、ファッションやテクノロジーに至るまで、新世代が持ち込むものはいつだって興味深いものだよ。

― そんな変化の中で、あなたはずっと一線級の活躍を続けています。ご自身から見て、その理由は何でしょうか?

R 自分と音楽に正直であり続けたことじゃないかな。この世界で有名になってやろうとか、ダンスミュージックでお金を儲けようと思ったことは一度もないんだ。音楽はずっと自分の人生の一部だったからね。僕が小さい頃から、家ではいつも何かしらの音が鳴ってたよ。音楽があったから僕も僕の家族も幸せだったし、いつしか“今度は自分が誰かの人生の一部になりたい”って思うようになったんだ。30年間、その思いだけでやってきたよ。そのためだったら、どんな変化も恐れない。自分が本当に好きな音楽だったら、たとえ異なるジャンルをミックスすることだってあり得るよ。愛する音楽のために、自分に正直であるべきなんだ。それこそが、長くDJを続ける上で一番大事なことだと思うね。

― 確かにあなた自身も元々はハウスミュージックから台頭して、テクノへ移行した印象があります。今はジャンルの区分けなくミックスしてらっしゃいますが、いつ頃現行のスタイルに変化したのでしょうか?

R 僕の初めてのリリースは「Dance Mania」からで、その後は「TRAX」。いつも違うことをやってきたし、今でもディスコやハウスをかけることはあるよ。当時の僕が作っていたのは、ハウスにしてはテンポが速くて、ベースがうねる曲だったんだ。そんな僕の曲がヨーロッパで有名になって、イタリアにDJとして招待されたんだよ。それが90年代の初めの頃。とあるレイヴパーティに出演したんだけど、そこには見たこともない光景が広がっていたよ。僕の曲で8000人が踊り狂っていたんだ。“これだ!”と思ったね。その時はシカゴでも結構やれてたんだけど、次のレベルに行きたいとも感じてた。で、バッグひとつ持ってベルリンへ行ったよ。90年代の終わりごろだったね。テクノセットでハウスの曲をかけたり、あるいはその逆のミックスをするようになったのは、その時からだと思う。

― 実際のところ、当時のヨーロッパはどんな様子だったんでしょうか? ベルリンに引っ越した当初のことをお伺いしたいです。

R 僕がやりたいことは何でもできる場所だったよ。なぜなら人々がそれを求めていたからさ。当時のシーンは変化を欲していたから、アメリカから来た僕はちょうど良かったんじゃないかな。曲のプロダクションもそうだけど、ミックスの仕方も違ってたね。実際、僕みたいにRAWなテイストでエネルギッシュなセットを組むDJはいなかったんだよ。クラブもかなりDIYだったな。ストロボを一つ二つ置くだけで、デカいスピーカーも自分たちで作った。みんなそれぞれ生まれも育ちも違うんだけど、ひとつの家族みたいだったね。

― 昨今のテクノシーンを振り返ると、まさに90年代のバイブスが台頭してきているように思います。この間Lucianoが来日した際、24歳の日本人DJがあなたとエリック・スネオが作った「Take Me Back」をプレイしていました。

R 本当に? それは嬉しいね。僕の曲をプレイすることで何か新しい関係を築いてくれるなら最高だよ。僕は自分の声をサンプリングすることがあるんだけど、「Take Me Back」もそうなんだ。オーディエンスが一緒に歌ったり、叫んだりできたらいいなと思ってさ。それが新しい世代のヘッズたちの間で起きているかもしれないってことだよね。素晴らしいなぁ。それを聞いてひとつ言いたいんだけど、やっぱり踊ったりシンガロングすることを恐れてはいけないよ。思い切り歌って、ベースを感じてくれ!

― ここ数年で最も大きな変化がBPMの高速化だと思います。新しくリリースされる曲にもBPM130以上のものが増えておりますが、これに関してはどう感じてらっしゃいますか?

R 正直に話すとね、これに関しては僕がパイオニアだと思ってる。そういう曲を作るだけでなく、DJでもテンポの速いトラックをプレイしてきた。まだ他のアーティストが「BPMが速い」と感じる前に、僕ははっきり言葉にしていたんだよ。フェスやクラブなんかで「速くてハードなテクノをやるぞー!」って主旨を明確に打ち出したステージをオーガナイズしていたんだ。シーン全体でBPMを上げ始めたのはその後なんだよね。で、今の僕はと言うと、実はMAXの時よりも少しBPMを下げている。2000年代後半の頃の僕のミックスを聴くと分かるんだけど、今よりも更に速いんだよ。そしてここで強調しておきたいのは、僕は別にハイプなムーヴメントが嫌になったわけじゃないってこと。単純に他のDJとは違うことがしたいってだけなんだ。実際のところBPMは速くなってると思うし。

R ごめん、話が少し逸れるんだけどいいかな?

― もちろん。

R 僕が最近のシーンを見ていて感じるのはもっとシリアスな話で。と言うのも、DJやクラウドの気持ちが高揚する瞬間が減ってきている気がするんだ。良い音楽がかかっても誰も気にしないし、ソーシャルメディアにばかり意識が向いている。トップ10チャートに入る曲の時だけ反応して、その様子を自撮り写真と共にアップして「いいね!」を稼ぐんだ。そしてフロアでレタスのように突っ立ったまま、お喋りするんだよ。でもそういうパーティばかりじゃないことも分かってる。僕がいる界隈なんかは全然そんなことない。パーティはクレイジーでも許される場所だと思うから、みんなそうすればいいのにね。

― 日本でも度々耳にする批判ですが、ヨーロッパでも変わらないんですね。ダンスミュージックが商業主義に傾き過ぎると起きる現象のようにも思います。

R 今僕らが直面している問題は、言い訳をしたり間違った名声を追求することだよ。「なぜこれをやるんだい?」って話をよく仕事仲間ともするんだけど、その時に僕が相手に求めるのは“正直であること”なんだよね。それを踏まえた上で、本当にやりたいことを実現するために必要なことを今から話すよ。まず、同じ目標を持つ仲間を見つけること。次に、成功を急ぎ過ぎないこと。それから、今までの話と少し矛盾するように聞こえるかもしれないけど、“音楽をシリアスに捉え過ぎないこと”。ただ楽しめば良いんだよ。最後に、誰にも「お前には無理だ」なんて言わせちゃダメだ。方向性を変えさせようとする輩も出てくるだろうが、大きなお世話だね。最終的に誰よりも輝ければそれでOKなんだ。

DJ Rush


text_Yuki Kawasaki

■ ALIVE presents REBOOT feat. DJ RUSH
7月12日(金)
OPEN 22:00
ALL INTERNATIONAL GUESTS (ALL INTERNATIONAL I.D HOLDERS) : ENTRANCE FEE ¥1,000 ONLY
1000YEN – Under23
2000YEN – Before 24:00
2500YEN(1D) – ADV TICKET
3000YEN(1D) – FB DISCOUNT
3500YEN(1D) – DOOR
<イベント詳細>
http://www.vision-tokyo.com/event/alive-presents-reboot-feat-dj-rush-j-fernandes

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でMixmag Japanをフォローしよう!