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INTERVIEW:LOGAN SAMA「日本が発信する新しい音をもっと聴きたいんだ」

グライムの頂点から見る、UKの、そして日本のシーンの現在地は――。

Mixmag Japan | 4 January 2019

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UKで最も長いキャリアのグライムDJ、Logan Sama。現在も2005年から毎週欠かすことなくイギリス全土放送のKISS FMにてグライムのみをプレイするラジオショウを展開し、数多くのグライムMC達が「ローガンのショウでプレイされることが重要なキャリアのひとつ」と捉えている。また、彼は“Professional GEEK” を自称し、早くからITネットワークやサブカルチャーネットワークを重要視していた。自身のYouTubeチャンネル(700万以上のビューワーを誇る)を運営するなど、卓越したジャーナリストとしての側面も併せ持つ。

昨年はMixmagでも日本のグライムMCとプロデューサーを特集したが、今回満を持して、総本山の大将にインタビューできた。


─ あなたの音楽遍歴を教えてください。

Logan Sama(以下、L):1999年~2000年にUKガラージのDJを始めた。若い頃、ラジオで流れている曲名をノートにメモしていたよ。僕は情報収集することが好きなんだ。そしてレコードショップに向かい、メモした新譜を買った。その時は音楽はただの趣味で、レコードを持っているだけで、DJをしていなかった。持っている曲を1つのターンテーブルで再生し、カセットテープに録音していたんだ。それからクラブに行くようになり、DJのプレイを見てからミックスを習いたいと考え始めた。DJ EZのプレイを見てインスパイアを受けたんだ。僕が16歳、17歳のときの友人はDJだったので、彼から古いデッキを譲ってもらった。その後、小さなミキサーを購入しミックスを学んだ。大学の授業が面白かったから学生の時はクラブに行かなくなったが、それでもレコードショップには通い続けたよ。そしてその後大学に行くのをやめ、DJになった。当時、Rinse FMのショーを2年間勤め、そのあとKiss FMに移籍した。そしてようやく本物のDJになったんだ。

─ デビューのきっかけは?

L:まずは、パイレーツ・ラジオのDJから始めた。その時の収入は少なく、レコードを買ったり、ダブプレートを作成したり、出費の方が多かった。毎週クラブでショーをやり続けたが、ギャラは安かったよ。それでも毎週新しい音楽をラジオでかけ続けた。ラジオのゲストは、Wiley、Skepta、Gods Gift、Newham Generalsなど。たくさんのMCたちが僕のショーに出演した。Kiss FMでラジオを始めてから、クラブDJとしてブッキングされる機会が増えた。その頃からDJとして収入を得るようになった。最初にラジオを始めた時から4年経っていた。

─ あなたのDJキャリアをトップレベルに引き上げたのは何だったのでしょうか?

L:グライムだけに集中しているDJだから。グライムとガラージを混ぜるわけでもなく、ダブステップやベースラインでもない。グライムだけだ。もしグライムが聴きたいのなら、僕のDJや番組を聴いた方がいい。ラジオでグライムの新譜やインフォメーションを話しているから、知識も得ることができる。僕は歴代で最もグライムの新譜を紹介していると思うよ。ショーの時はいつも新しい曲、新しいインストゥルメンタルをかけるし、新しいMCを聴くのが楽しみなんだ。これは変わらない。

─ なぜグライムのDJになろうと思ったのですか?

L:UKガラージのDJから始めたが、ガラージは次第に商業的な音楽になっていった。そして初めて聴いた時から、ガラージは何も変わらなかった。それが退屈になったんだ。でもその当時、グライムやダブステップは新しい音楽だった。ガラージは全て同じに聴こえたけど、グライムは新鮮だったんだ。だから、ガラージをやめてグライムだけのDJになった。

─ 番思い出深いギグは?

L:基本的にフェスティバルでプレイをするは好きだよ。どのイベントも印象的だが、初出演のギグが肝心だ。Glastonbury Festivalなんかは本当に重要。クラブで言うと、Ministry of Sound。僕はロンドンのウェンブリー・アリーナで開催される「The Eskimo Dance」というイベントでプレイさせてもらってるんだけど、2016年のギグは思い出深いな。本当に素晴らしかった。ベルギーのブリュッセルで開催された小さい野外フェスでもショーを行ったよ。そこにはPlastician 、Skepta、Jammar 、JME 、COKI & MALA、MRK1がいて、僕は4時間のDJセットを組んだんだ。夜空の下、みんなと共に過ごした時間ががすごく楽しかった。あの日は私にとってとても重要でお気に入りのギグのひとつ。2005年の出来事だった。

2017年のEskimo Danceの様子

─ DJをするのに好きな国はありますか?

L:もちろんイギリスだね。イギリスはいつも最高。バーミンガム、マンチェスター、ブリストルは特に好き。もちろんロンドンも。バーミンガムの人々はグライムが好きで、今でもアンダーグラウンドなカルチャーとして根付いている。活気と熱量があるよ。Preditah、Swifta Beater、Saf one、Jaykaeなど、いいMCやプロデューサーがいる。バーミンガムのシーンは素晴らしい。

Jorja Smith X Preditah – 『On My Mind』

─ 日本のクラブカルチャーとUK、世界のクラブカルチャーは何が違いますか?

L:日本のクラブでは、クラウドがあまり踊らないような印象がある。法律も難しく、全く異なる文化なんだと思う。日本のクラブを変えるなら、法律を変えるしかない!

─ あなたのインスピレーションはどこから湧いてくるのですか?

L:グライムが僕にインスパイアを与えた。なぜなら僕はコレクターだから、音楽を聴いたときにエキサイティングな気持ちになる。もし自分の大好きな曲を入手したら、いつもインスパイアされるよ。だからもっとDJをやりたいし、ショーに出たいし、色々なプロジェクトを始めたい。もしその先に素晴らしい音楽があるのなら。SkeptaやStomzyの成功にも勇気づけられたよ。成長していく人々をを見ていくのが好きだったんだ。Silenceが最近作曲活動を再開し始め、グライムを作っていることにも感激し、インスパイアされた。Sir Spyroがラジオショーを行っていることからも。全ては努力してきた人々の成功だ。その姿を見て、私ももっと頑張らないといけないと思わせてくれる。わかるだろう?

Sir Spyro’s 1Xtra Anniversary Set!

─ どんなことを考えてDJをしているのでしょうか?

L:楽しむことだけ。観客を飛び上がらせたい。なぜなら僕はDJ EZに影響を受けたから。彼のミックスを聴くと飛び上がりたい気持ちになる。だから僕も観客をそういう風に思わせたい。レゲエのサウンドシステムのジャグリンみたいにね。レゲエのような曲の切り替えをしたいんだ。

─ どうやってMCとタイミングを合わせているのですか?

L:練習あるのみ。僕は長い間プレイしてきたから分かる。まるでチームスポーツのようにね。MCがフットボールのストライカーだったとしたら、僕はミッドフィールダー。ストライカーにボールをパスするんだ。アメリカンフットボールでも同じだろう。だからスポーツのように練習する。そうすることで他の人とプレイしやすくなるんだ。僕はMCたちがどういう音が好きなのかを学んだし、今はMCがDJに何を求めているかも分かる。理解して、タイミングを合わせるんだ。その点では、パイレーツ・ラジオでの下積み時代が役に立ってるかもね。これができるようになるのは、練習と経験だけだよ。

─ これからグライムはどうなると思いますか?

L:イギリスのグライムに関していうと、多くの人が「グライム=MC」と解釈していると思う。イギリスのヒップホップ、トラップ、アフロビートさえも「グライム」と呼ばれている。人々はきっと混乱しているんだ。J hus、Giggs、Section boyzもグライムと呼ばれているが、彼らは独自の音楽を作っており、グライムではない。しかし彼らはグライムのアーティスト達と曲を作っている。さまざまなジャンルに影響を受けた人たちにグライムの世界に来て欲しい。なぜならグライムは新しい音楽に影響を受けるジャンルであり、常に新メニューがレシピに追加されるから。だから今、アフロバッシュメントとトラップが流行しているイギリスで、グライムは大成功した。グライムと新しい音とのバランスを取るのは難しいが、グライムに大切なのは、純粋な音だけを追求することではなく、新しい音を開発することと前進する力。 なぜならグライムは常に新しくなければならないからね。若者が古いサウンドを作ることできないだろう?でも古いサウンドを追求することは必要。それがバランスなんだ。新しい音を取り入れながらも「グライム」と呼べる音楽を作らなければならない。イギリスではメディアがグライムの成功に注目し、グライムという言葉を間違った解釈で安易に使うようになった。だからメディアはシーンにあまりいい影響を与えていない。なぜなら未だに多くの人々が本当のグライムが何なのかを知らないから。

J Hus – 『Did You See』

L:日本のグライムに関していうと、まだまだ数える程のアーティストしかいない、小さいシーンだと思う。しかし彼らがともに協力し合いネットワークを広げることで、シーンは広がるだろう。グライムは元々東ロンドンの小さな場所から生まれた。ごく僅かなアーティスト達しかいなくても、一緒に仕事をすることでシーンは成長する。僕はインターナショナルなグライムにいつも興味を持っている。なぜなら本国のグライムに日本グライムの要素を加えたいから。それぞれを混ぜ合わせることで、新しいものが生まれる。日本の音楽、文化、言語。おそらく僕のリスナーは日本のトラックや言葉をほとんど聴いたことがないだろう。だから新しいことができるんだ。僕は日本でグライムに限らず、様々なMCをプロデュースしたい。なぜなら彼らは面白いアイディアを持っているはずだから。僕は新しい音を聴くことが大好きなんだ。そして、日本が発信する新しい音をもっと聴きたい。

─ 日本のグライムシーンを成長させるには具体的にどうしたらいいですか?

L:オーガナイザー、メディア関係者はもっとDJやMCをイベントに招聘して欲しい。そしてショーを行う機会を増やし、音源を録音して、写真もたくさん撮って、インターネットに拡散するんだ。そうしたら気に入ってくれる人はいると思う。グライムに目覚める人が増えるかもしれないよ。地道なことだが、これらを継続して行わなければいけない。そうすることで少しずつ人々に知られていく。それだけさ。レギュラーイベントに出演し、定期的にミックス、EPをリリースし、ビデオを撮る。これをプロデューサーやMCたちが毎月行えるようになったらいい。なぜならイギリスで日本人MCであるPAKINは知られている。しかし日本人のMCということしか知られていない。彼だけが一生懸命活動しても、彼だって一人の人間だから限界があるんだ。だからもっとアーティストを増やさなければならないよ。

PAKIN and Damndef –  『KKALI』


(Logan Sama出演イベント)
■ VISION 大新年会 DAY2
1月4日(金)@渋谷 SOUND MUSEUM VISION
<イベント詳細>
http://www.vision-tokyo.com/event/visiondaishinnenkai-day2

 

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