svgs_arrow-01-l svgs_close svgs_heart svgs_menu svgs_play svgs_stop svgs_arrow-02-b svgs_facebook svgs_instagram svgs_line svgs_search svgs_soundcloud svgs_twitter favorite player svgs_arrow-03-r svgs_setting svgs_slide-menu-bottom svgs_arrow-01-b more gift location recommended star clear

FEATURES

INTERVIEW:SOI48「大物DJたちの本当のバケーションはタイなんですよ」(前編)

モーラムに恋した2人組DJ……テクノヘッズが目覚めたタイ音楽の面白さと、DJで伝えるアジア音の新解釈

Mixmag Japan | 5 October 2018

Soi48, Soi48 本, Soi48 ディスク・ガイド, Soi48 タイ, mixmag

テクノをルーツとするタイ音楽のパイオニア、SOI48。近年では国内のアンダーグラウンドにとどまらず、海外からも熱い視線を注がれている。2016年製作の映画『バンコクナイツ』にスタッフとして参加し、毎日映画コンクールにて音楽賞を受賞。以降、新宿歌舞伎町で定期的に開催されるパーティーを中心に、活躍の場を広げている。今回のインタビューでは、そんな彼らが如何にしてタイ音楽にのめり込んだのか、そして、タイ音楽への深すぎる愛情を余すところなく語ってくれた。ディープでドープな話が展開されたゆえ、前後編に分けてお届けする。深淵でピュアな、タイ音楽の沼へようこそ。


— お2人の経歴をお聞きしたいです。どういういきさつで音楽を好きになってDJになられたのですか?

高木紳介(以下、高木):小さい頃から音楽好きでした。僕は、1979年生まれ、埼玉の浦和出身で。BlurとOasisが戦っていた頃、中高生でした。Primal Screamが大好きで、ニューヨークパンクとかすごく好きだったんですけど、10代後半に時代がテクノとかそっちの方へスイッチしていってThe Chemical Brothersとかに興味が出てきて、自分がハマったのはAndrew Weatherallだったんです。ポップじゃないというか、マイナーなほうというか。僕と宇都木が出会ったのって、「エレクトラグライド」の1回目のときなんですけど、そのときにUnderworldとWeatherallが同時にやっていて、Underworldのほうには何万人もいたけど、Weatherallの方には30人くらいしかいなかったんですよ(笑)。

― Weatherallは、どんな感じの曲をかけていたんですか?

高木:Two Lone Swordsmen(WeatherallがKeith Tenniswoodと組んだバンド)をやる前の、『Tiny Reminders』が出た頃だったかと思いますが、エレクトロをガチガチにかけていましたね。確か99年だったかな?そこで宇都木に会ったんですよ。

宇都木景一(以下、宇都木):99年ですね。で、翌年の2000年にお台場のビッグサイトでやった年越しイベントでまた会って。Derrick Mayとか石野卓球、Ken Ishiiとかが出たんですけど、めちゃくちゃ規模がでかくてミレニアムの花火が打ち上げられるみたいな。

Soi48, Soi48 本, Soi48 ディスク・ガイド, Soi48 タイ, mixmag

左:宇都木景一 右:高木紳介

高木:で、その中で俺らはヘイコラックスを観ていた(笑)。

宇都木:ドイツの一発屋みたいなDJで。言ってしまえば前前前座みたいな。10時とか11時くらいにプレイしていて。

高木:で、次の日に一緒にレコ屋とか行き出しんたんです。

― 宇都木さんの歴史は?

宇都木:僕らの世代ってやっぱりロックじゃないですか。だから、普通にblurとかoasisとかを聴いていて、Radioheadがそこにいるといった感じだったんです。Radioheadとか、インテリな音楽じゃないけど、ナイーブな感じですよね。自分はそういうのに疲れていた時期があって。当時、日本の音楽雑誌がRadioheadをどう解釈するかみたいなのを評論家がやっていたんですけど、そこまで考えて聴かなくてはいけないのか、と疲れてしまっていた頃に、<Warp Records>がすんなりきて、Aphex Twinとかを聴きだしたんです。テクノって、クラブで踊っているジャンキーのための快楽の音楽というイメージがあって、インテリジェンスもクソもなくて、そういうほうが自分にとって自然だったんですよ。その時は、パンクでもなんでも、初期衝動で始まっているものを拡大解釈で難しく捉えることに疲れていたから。

Soi48, Soi48 本, Soi48 ディスク・ガイド, Soi48 タイ, mixmag

― 2000年代前後って音楽評論家の人たちが、フィジカルではなく頭で音楽を考えていた時代でしたものね(笑)。

宇都木:だからそういうときに何も考えない、例えばシカゴの<TRAX Records>の音を聴くとすごく新鮮で、これは安心! みたいになって。そこからのめり込んでいったんです。

― 2人は、出会ってからどのような過程を経て今に至るんですか?

高木:出会った後、すぐにベルリンの「LOVE PARADE」へ行ったんですよ。そこから年に1~2度、2人でベルリンとかイビサとかでクラブ巡りをする、というのを6年くらいやっていました。

宇都木:そのときに、ベルリンの「Berghain」の前身にあたる「Ostgut」というクラブに行ったんです。僕らが海外で初めて行ったクラブが「Ostgut」でした。

高木:「Ostgut」のTwo Lone Swordsmen(笑)。

宇都木:その頃、Ricardo Villalobosとかは前座だったんですよ。

高木:VillalobosとZIPとSammy Dee。

宇都木:メインの人が出てくるのって、日本だと1~2時くらいじゃないですか。海外だと平気で朝までやるから、メインのDJが登場するのが3~4時くらいなんですよ。それを知らなかったから23時くらいに行ってしまってんですけど、客が全然いなくて。僕らはアジア人だから、「Ostgut」では目立つんですよ。それで、店の人とか若者に声をかけられたりして。そのときにRicardo Villalobosが前座で出てきたんです。前座でこんなにすごいDJをするんだなと。衝撃でしたね。

Soi48, Soi48 本, Soi48 ディスク・ガイド, Soi48 タイ, mixmag

― 日本人でRicardoの初期の活動を聴いている人ってあまりいないんじゃないですか?

高木:でもそうだよね。最初は日本で全然人気なかったもんね。

宇都木:で、そのあとの「LOVE PARADE」のでかいイベントで、メインで石野卓球も来ていて。日本から「LOVE PARADE」へ来ていた人たちは、ほとんどがアリーナステージでやっているそのイベントに行くんだけど、俺らは「Ostgut」にハマり過ぎちゃって。しかも当時は、Ricardo Villalobosとか、そこらへんの知らないDJとかは日本で見られなかったんです。そこで知らないDJをひたすら見て。でも集まっている人たちがいつも一緒なんですよ(笑)。

高木:そう。同じようなやつが毎回いる。そこで「LOVE FAMILY」という、Villalobosの系列がやっているフェスを運営しているやつと仲良くなったり。

宇都木:向こうのオーガナイザーのイケてるやつと仲良くなって、いろいろと話をしていたら、「お前ら年に何回もベルリンに来て遊んでいるならタイに行けばいいじゃん」と言われたんです。その理由は簡単で、Ricardo VillalobosとかRichie Hawtinって、夏はイビサとかでプレイしているけど、それは仕事で、彼らの本当のバケーションってタイなんですよ。本当にプライベートで仲のいい人を集めて、タイの無人島みたいなところで自分たちのためだけにパーティーをやるみたいなのがあって。それに合わせてお前らが来れば、航空券半額で全員飯とか一緒に食えるじゃん、という話になったんです。

高木:そのイベントが、DJもすごく豪華だったんですよ。Villalobosとか、Magda、Richie Hawtinとかが一気に全員観られる、みたいな。しかも2週間。バンコクで一週間やって、パンガン島の全然流行っていないビーチでやるんですよ。

― 人が集まるところではない、真逆へいく傾向があるようですね(笑)。

高木:そうなんですよ。だから残念なんです(笑)。Villalobosとかも飯を食いながら、ビーチで座ってレコードかけてましたね。

宇都木:ビーチバレーとかもしていて。

高木:みんな寝ながら聴いているみたいな。夜になったらラオスレストランもやっていたよね。

宇都木:そう。ラオス人が集まるような場末のレストランに、スピーカーを持ち込んでレイヴパーティーとかやっていて。低音を出し過ぎて、電気が止まったりして(笑)。でもそれがすげえ楽しかったんだよね。

― 何年くらいのことですか?

高木:一番最初に行ったのは、2006年とかかな。それからタイに行くようになって、そのうちにタイにもレコードがあることを知ったんですよね。

宇都木:バンコクで遊んでいたときに、夜は遊びに行っちゃうんですよ。酒を飲んだり、クラブに行ったり。昼間やることないから、仲のいい友達とかプールに入ったりとか。部屋でダラダラTVを見ていたり。

Soi48, Soi48 本, Soi48 ディスク・ガイド, Soi48 タイ, mixmag

― だけど2人はレコードを掘りに。

高木:そうそう。暇だからレコードを掘りに行くかみたいな感じで。掘り出したら、難易度が高くてすごく楽しかったんです。

― その時点でタイの音楽を掘り出したんですか?

宇都木:知識はゼロだったんですよ。どの音楽がイケているかとか、ジャンルも分からないし。

高木:僕らタクシーの中でモーラムというものを初めて聴いて。歌詞の世界観は日本でいうと演歌みたいな感じで。空港にタクシーやバスでしか行けなくて、毎回帰りに爆音で聴かされるんですけど、テクノに聴こえるんですよ。ループミュージックでベース音バリバリで、かっこいいなと思って。それがモーラムという音楽だということを知って。それで掘りだしたんです。

宇都木:でもモーラムというジャンルの音楽が欲しくてレコード屋に行くんだけど、モーラムがないんですよ。

高木:その頃は結構、コンピも出ていて、掘り尽くされている感じで。

― モーラムはイサーン地方の伝統音楽かと思いますが、タイの一般市民にとっては、どのように扱われていたんですか?

高木:一般的なモーラムというのは、別に普通というか。ポップスだよね。

宇都木:ポップス。イサーン人ではない人からしたらモーラムはダサいもので。自分よりもランクが下の人たちが聴いている音楽だから。

Soi48, Soi48 本, Soi48 ディスク・ガイド, Soi48 タイ, mixmag

― そういうのがあるんですね。

宇都木:例えばマフト君(DJ Maft Sai:ルークトゥンやモーラムといったタイの伝統音楽を扱うレコードショップ「ZudRangMa Records」と、その隣にあるライヴハウス「STUDIO LAM」のオーナー)は、華僑系でウルトラ金持ちだから、そういうのを全部理解できてカッコイイという発想にいくけど、普通の人はそういうのはないんですね。本当のイサーンの人はモーラムばかり聴くので、逆にいうと中間層は聴かないというか。

高木:それはバンコクの人としたら、ということだよね。

宇都木:そう。あとイサーンだと最近の若いギャルとかも、「こんなのダサい。ジャスティン・ビーバーとかケイティ・ペリーの方がいい」と文句を言いながらも聴いたり、実際にかかると踊るみたいな。

― ルークトゥンという音楽はリズムのことですか?

宇都木:違いますね。これがまたややこしくて。ルークトゥンは、田舎のことを歌っている歌詞の曲を指すんです。逆に後ろの音はなんでもいいんですよ。たとえヒップホップベースでも。歌詞がメインで、田舎はいいねとか、都会暮らしは疲れたとか、そういうことを歌っている音楽だから。結構ルークトゥンって、タイ語を理解できないと理解するのはきついんですよ。

高木:あと、ジャンルとしてはすごく大きいから、歌謡曲みたいなのが多いんですよ。

Soi48, Soi48 本, Soi48 ディスク・ガイド, Soi48 タイ, mixmag

後編へ続く)


text_Kana Yoshioka
edit_Yuki Kawasaki

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でMixmag Japanをフォローしよう!