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Jansport J 【インタビュー】 「たとえ、世界中にいる誰もが、僕の音楽を聴かなくなったとしても作り続けるよ」

カリフォルニア出身、注目のビートメーカー Jansport Jが初来日。

Mixmag Japan | 10 April 2020

Jansport J , Jansport J 来日, Circus Tokyo, mixmag

彼を初めて知ったのは、都内のとあるレコードショップ。LAのレーベルDelicious Vinylに所属しているというポップの言葉と、美術館の展示でのワンシーンを切り取ったかのようなモノトーンのジャケットに惹かれ、「p h a r a o h」とタイトルが付いたそのカセットテープをレジへと運んだ。1分程度の音源が27曲収録されたそのアルバムは、一冊の本を読んでいるような感覚で、一気に彼の作る音(物語)の虜になってしまったのを覚えている。思わず、その気持ちを共有したく、自分のインスタグラムにて彼のタグ付けをして投稿をしたら、あろうことか本人からコメントが来た。感謝の気持ちと、いつか日本に来たいという言葉を添えて。私もその時、いつか日本に来た暁にはぜひ取材をさせて欲しいと返事をした。それが今から3年前の出来事である。

Jansport J , Jansport J 来日, Circus Tokyo, mixmag

誰もが一度は目にしたことがあるだろうバックパック、“Jansport”が名前の由来だというJansport Jは、カリフォルニアはコビナを拠点に活動しているビートメーカー。これまで、自身の活動を初め、スヌープ・ドッグやジェイソン・デルーロ、スターリーなどの楽曲をプロデュースしてきた。そんな彼が今年の2月に初来日を果たし、東京と静岡で公演を行った。インスタグラムでの約束を3年越しに叶えることができた今回のインタビュー。彼が音楽をスタートしたきっかけから、日本のビートシーンについて話を聞いた。


‐ まず、あなたが音楽をはじめたきっかけを教えてください。

Jansport J: いちばんはじめに“音”を作ることに触れたのは子どもの頃。ビートが作れるおもちゃを持っていて、それで音を作って遊ぶのがとても好きだった。高校生や大学生になっても、その気持ちは変わらず、音楽の授業を専攻していたよ。音楽で何かをしていきたいというのは常にあって、お金を貯めてはじめて機材を買った時に、その思いが確信に変わっていった。歳を重ねて、勉強や経験をしていく中で、“遊び”としての感覚が“リアル”なものになっていったね。

‐ なぜ、楽器を使って音を作ることではなく、ビートメイカーとして活動をしようと思ったんですか?

Jansport J: トランペット、ドラム、ピアノ…。子どもの頃から、楽器を演奏したいなとは思っていたけど、それらを習う余裕はなかったんだよね。けど、演奏と同じくらいDJにも興味があって、おままごとをやるような感覚で、友達とDJの真似事みたいなことをしてよく遊んでいたよ。あと、ラップの歌詞も書いていたな。その頃から、演奏するしない、歌う歌わないとかではなくて、“音楽”をやっていたいという気持ちは自分の芯としてあったと思う。ただ、今のようなビートメイカーとして歩むようになったのは、高校の音楽の授業でとったプログラムが、プロデュースとビートメイキングだったのが大きいかもしれないね。あと、僕の性格上、演奏して前に立つよりも、裏側で音を作る方が合っているんだ。

Jansport J – 「Forever」

‐ 比較的、短いスパンで音源をリリースしていますが、音を作る上でのインスピレーションはどこからきていますか?

Jansport J: インスピレーションは、“神からの閃き”とも言うけれど、本当にその言葉に尽きるかな。この才能こそが、自分が唯一持っているものだと思う。僕は、音楽を作るために生まれてきたと思っていて、その閃く瞬間を無駄にしたくない一心で、日々音を作っている。作るものやプロデュースをする人が、アンダーグラウンドなのかメジャーなのか、そういったものは関係ない。たとえ、世界中にいる誰もが、僕の音楽を聴かなくなったとしても作り続けると思う。自分にとって、音を生み出していくことが唯一、自分の手で世界中に感動を与えることができるものだと思うから。

‐ あなたの楽曲で、アル・グリーンやカーティス・メイフィールドなど数多くの黒人アーティストの音楽がサンプリングされていますが、そういったアーティストたちは、あなたにとってどういった存在ですか?

Jansport J: 母親が好きで、家の中でよく流れていたんだ。けど、僕は「違う音楽を聴きたい!」ってよく駄々をこねてたよ(笑)。そういう時、いつも決まって母親は、「あなたは大人になったら、この曲が好きになるよ」って。ソウルミュージックという音楽は、ブラックカルチャーを表現しているもののひとつ。母親の言う通り、だんだん歳を重ねていくうちに、自分にとってなくてはならない大事なものになっていったね。アル・グリーン、マービン・ゲイ、カーティス・メイフィールド、ジェイ・バトラーの音楽は、今の自分を型作ってくれたアーティスト。これからも影響を受け続けていくと思う。そんな音楽を、僕はサンプリングすることで、次の世代の耳に残るようにしていきたいし、受け継いでいきたいと思っているんだ。

Jansport J , Jansport J 来日, Circus Tokyo, mixmag

‐ リリース方法として、ストリーミングが主なツールだと思いますが、フィジカルでもリリースをしていますよね。その違いはなんですか?

Jansport J: とりわけ、違いがあるわけではないかな。ストリーミングは、多くの人に聴いてもらえるチャンスがあるよね。音を聴いてもらうきっかけ作りのひとつ。iPhoneひとつだけで何千何万もの曲がすぐ耳に届けられるっていうのは本当にすごいこと。その膨大な音の中から、誰かの耳に僕の音が引っかかったらなって。僕の音を拾ってくれた人が、レコードやカセットテープという“モノ”としての音を所有したいって思ってくれることもあるし、レコードショップで見つけて、ストリーミングでも聴いてくれる場合もある。ストリーミングでの音、フィジカルでの音、いろんな僕の側面を、聴いてくれている人たちに見せていくことを大切にしているよ。

Jansport J – 「p h a r a o h」

‐ ストリーミングでもフィジカルでも、一貫性のあるジャケットが印象的ですよね。

Jansport J: かれこれずっと同じメンバーで作っているんだ。フォトグラファーのアンドリュー・ケサダと、コラージュアーティストのテイ・バトラー。楽曲やイメージによってそれぞれに頼むんだけど、僕は作った音の意図を伝えるだけで、それを表現してくれるのが彼らたち。特にどうしてほしいとかは一切言わない。僕は音を作る、彼らは写真を撮ってくれ、アートを作ってくれる。それぞれの存在をリスペクトし合い、インスピレーションを共有することで、ひとつのものができているね。これまでもこれからも、大切なパートナーだよ。

Jansport J , Jansport J 来日, Circus Tokyo, mixmag

‐ 今回初来日でしたが、東京はどんな街でしたか?

Jansport J: 心の底からずっと行きたいと思っていた場所で、SNSを見ては、一体どんな街でどんな音が聞こえてくるんだろうって頭の中でいつも想像してた。それがようやく叶って、DJとして来られたのがとても嬉しかったね。今回、東京と静岡でライブをしたんだけど、静岡はチケットがソールドアウト。着くなり、女の子3人が僕に抱きついてきて、僕の作る音楽に対しての気持ちを伝えてくれて、その瞬間、来るとこができて本当に良かったなって思った。日本の人はとてもホスピタリティがあるなという印象。言語が伝わらなくとも、僕の音楽を好きだということを一生懸命伝えてきてくれる人がとても多くて、愛を感じたね。

‐ 日本のビートシーンに関してはどう思いましたか?

Jansport J: BudamunkやISSUGIとはもともと交流があったのでよく知っているのだけど、今回のライブで共演したアーティストたちはとてもかっこよかった。特にBlack Shadowのパフォーマンスには痺れたね。みんなと話していて面白いなと思ったのが、僕たちは全然違う場所で育ってきたのに、ビートメーカーであるRas GやDibia$eに、同じように影響を受けてきたいうこと。生きてきた土地も違う、年齢も違う、話す言葉も違う、それなのに同じ音楽を聴いて育ち、僕たちがまた新たに音楽を作っている。そして、僕たちの音を聴いてインスピレーションを受けた人がまた新たな音楽を作るかもしれない。音楽ひとつで、こうしてコミュニケーションが取れることも含め、音楽の存在意義や、それを継承し続けていくことの重大さを改めて実感した出来事だった。

‐ 最後に、今後の活動について教えてください。

Jansport J: 自分の中での目標は、音楽で世界に行くこと。世界中に僕の音を残して、ソウルミュージックを発信し続けていきたい。東京はまた冬に帰って来る予定。今度は、もっと知名度を上げていって、自分の存在を更に浸透させたいと思っているよ。


Photographer_Naoki Yamashita
Special Thanks_Miku Sugisawa
Edit & Text_Fumika Ogura

 

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