svgs_arrow-01-l svgs_close svgs_heart svgs_menu svgs_play svgs_stop svgs_arrow-02-b svgs_facebook svgs_instagram svgs_line svgs_search svgs_soundcloud svgs_twitter favorite player svgs_arrow-03-r svgs_setting svgs_slide-menu-bottom svgs_arrow-01-b more gift location recommended star clear

FEATURES

JAY DANIEL × BUSHMIND × Mr. TIKINI Special Interview (前編)

デトロイトをキーワードに思う、エレクトロニック・ダンスミュージックシーンへのマインドセット

Mixmag Japan | 6 December 2018

DETROIT SYNDROME

Jay Daniel, Jay Daniel 来日, Jay Daniel TALA, BUSHMIND, mixmag

L→R Mr. TIKINI、Jay Daniel、BUSHMIND

デトロイトが生んだ新鋭DJ/サウンドプロデューサーのJay Danielが、ニューアルバム『TALA』のリリースを記念して来日。渋谷のクラブContactにて開催された「Jay Daniel New Album “Tala” Release Party」にてDJプレイをした。イベント当日は、デトロイトがセカンドローカルでもあるBUSHMINDと、ジェイの友人であるMr. Tikini率いるFunktion Crewが、ともにDJプレイ。デトロイト、東京、ロンドンと、各々のローカルシーンで活躍しながらワールドワイドな目線を持つ3人に、まずはジェイの新作について、また最近のデトロイトの現状や、ここ最近のダンスミュージックシーンについて話を聞いた。(前後編で展開)


― 最初に、ジェイの新作『TALA』について、どんなアルバムに仕上がりましたか?

Jay Daniel(以下、J) ダンスミュージックカルチャーにフォーカスしながら、精神的にハードだった時期に、自分に問いかけながら音を作ったんだ。作ることが心の助けにもなったし、制作していくうちにどんどん明確になっていった。だからこのアルバムは、自分にとって”Peace of mimd(心の平和)”を感じる内容になったと思う。音楽というものは一般的なものだからこそ、音を作るのであれば自分の色を出していかなくてはならない。世の中にはたくさんのプロデューサーやDJがいて、世界中のクラブで音がかかっているしね。その中で俺はDJカルチャーというものを考え、何を自分は定義していくのかってことを考えることも必要だったし。

― 前作と異なる部分はどんな部分ですか?

J トラックものを中心に今回は11曲収録したんだけど、前作との一番の違いはBPMかな。スローなんだよね。

Mr.Tikini(以下、T) ということはダンスものではないということ? もっとコンセプチュアルなものにしたということだよね。

J そうだね。踊らせるというよりは、クラブで遊んだ後に家でゆっくり聴くっていう感じのものだね。

― 大きなコンセプトはあったりするんですか? 今回のイベントのフライヤーもグリーン多めのオーガニックな感じでしたね。

J 心の平和と安心感、それと自然だね……デトロイトの自分の家の周りには緑が溢れているんだよ。毎朝、頭の中をクリアにするためにメディテーションもしているし、森林の中でクリエイティヴのプロセスを考えたりしているんだ。この夏は、アルバムをつくるのにエネルギーを集中させていたんだ。

― アルバムタイトルの『TALA』とはどういう意味なのですか?

J アフリカのヨルバ族の言葉。ヨルバにはオリシャというたくさんの神がいるんだけど、その中にオバタラ(Obatala)って神がいるんだよ。僕のルーツはナイジェリアではないんだけど、そこからつけたんだ。音楽のエネルギーは、スピリットにも繋がると思っているからさ。

― 機材は何を使って制作をしましたか?

J 機材は、これまでと変わらずAKAI MPC2500とシンセサイザーを使って制作した。MPC2500はドラムがいいんだよね。あとは、楽器は友達に演奏してもらったりね。あとはLOGICとPRO TOOLSを使った。

Jay Daniel, Jay Daniel 来日, Jay Daniel TALA, BUSHMIND, mixmag

「インディペンデントでリリースすること、自分のプラットフォームでやってみたかったんだ」(Jay Daniel)

― 前作の『Broken Knowz』は、NINJA TUNEの傘下レーベルからのリリースでしたが、今回、自身のレーべル<Watusi High>でリリースをしようと思ったのはなぜですか?

J インディペンデントでやることに意味があると思ったんだ。自分でやることによって、最初から最後まですべてコントロールできる。アルバムの方向性だけでなく、ディストリビューションまでね。自分の作ったものが、確かな人たちの手に渡っていったら最高だし。最初から決められたプラットフォームがあって、その部分を誰かにやってもらうというのも悪くはない。でも俺は、自分のプラットフォームでやってみたかったんだ。

T BUSHMINDもそうだよね。自分たちでリリースをしている。

BUSHMIND(以下、B) そうだね、ソロアルバム以外はほぼ自分達で制作してるかな。

J デトロイトでも、若い人たちだけでなく世代を超えて、たくさんのDJやプロシューサーたちがインディペンデントでリリースをしている。そのやり方がいいと思うんだ。

T 僕がジェイに初めて会ったのは、確か渋谷のModuleだったと思うけど、そのときはいくつだったの?

J 23歳。2014年だね。

T 2011年あたりから本格的にDJを始めて、そこから割とすぐに日本へ来たわけだけど、その3年でどんなステップアップを踏んできたの?

J デトロイトでDJを始めてから、Kyle Hallと一緒にパーティを始めたり、いろいろなところでDJをするようになって知られるようになったんだ。その頃、<Sound Signature>(Theo Parrishのレーベル)から最初のEP「Scorpio Rising」をリリースしたんだけど、レーベルがテクノの世界では大きなレーベルでもあるから、それで多くの人たちに聴いてもらえることができたんだ。

T 日本だと大きなレーベルや、大きなクラブは、若いDJをフックアップをあまりしないんだ。容易いことではないというか。

J デトロイトでも実は同じだよ。俺は母(Carl Craigプロデュースの「Stars」と「Feel The Fire」でヴォーカルを担当したシンガーのNaomi Daniel)が、Carl Craigのレーベルからレコードを出したことのあるシンガーだったってこともあって、その状況をつくれたんだと思う。みんながサポートしてくれたんだよ。

T Kyle Hallは僕のイギリスの友達、 Steven Funkinevenの友達でもあるんだけど、ジェイと日本で会った後にロンドンへ行ったとき、たまたまカールとジェイが一緒にロンドンにいたんだよね。それでみんなで遊びに行ったんだよ。

J それが、2014年の年末だね。そのときは俺は世界をツアーで回って忙しかった頃だ。クレイジーだったよ。ロンドンでは、The Hydraでプレイしたんだ。

― そのときに回ってみた、ヨーロッパのクラブシーンはどうでしたか?

J 自分のDJをすることだけにフォーカスしているから、ゆっくり見て回る余裕もなかったけど、クラブ自体が特別なものではなく、誰でもアクセスできるコンビエンスなものだなと感じた。それもいいことだとは思うけど、今はDJも多いし、ダンスミュージックはいたるところでかかっているし、みんなDJを簡単にできると思っている。楽しい方向へいけば、それはそれでいいんだけどさ。その反面、例えばデトロイトなんかでは、人々がフラストレーションを抱えている。クラブでは、昔からデトロイトに昔から音楽の遺産みたいなものを伝承していかなくちゃならない空気があるんだ。多くの人たちが、自分たちのルーツを伝えたがる傾向にある。

T 音楽もそうだけど、外から見たデトロイトに対する強いイメージはあるよね。

B デトロイトのブラックミュージックは特にね。ジェイは、Kevin Reynolds(デトロイト在住の音楽プロデューサー。元<Transmat>勤務)を知っているよね。過去にケヴィンがヨーロッパでライブをしにいった時に、オーディエンスはデトロイトの黒人の音を求めていて、アイリッシュ系のケビンの音を聞いてくれなかったことがあるって言ってたな。

T もっともフェティッシュな側面だね。

J すごくわかるな。俺もヨーロッパでDJをしていると、デトロイトがヨーロッパのダンスカルチャーにいかに深く入り込んでいるのかがわかるし、ヨーロッパの人たちはデトロイト的な音楽が好きなんだよ。デトロイトの音楽は、海外では確実に需要があるというか。俺はホーム(デトロイト)でDJをやることもあるけど、デトロイトの人たちは案外、デトロイトに対する感謝の気持ちがない。有名なDJの人たちはお金を稼げることもあって、いろいろなところへ行ってしまったしね。

T その感謝の気持ちの究極というのは、ホーム(デトロイト)に戻ってくることになるのかな?

J 何が俺が言いたいかというと、海外の方がオープンなんだ。ヨーロッパもだけど、俺が日本へ来ていつも思うことが、デトロイトのカルチャーに対するコミュニティが、デトロイトよりもストロングだってことなんだ。そんな感じに、デトロイトでもコミュニティ作りももっと強化した方がいいと思うんだ。コミュニティを強くさせて、クラブだけでなく、音楽教育プログラムとか、ミュージックインダストリーの教育とかのクラスとか、そういうことを皆でオーガナイズできたらいいよね。デトロイトでは、お金を稼ぐことが大変なんだよ。だからそれを確実に行うには、情熱を注がないとダメだけどね。

B たくさんのデトロイトのDJが、ヨーロッパに引っ越してしまっているよね。それってやっぱりお金を稼ぎやすいからなのかな?

J そうだと思うよ。ヨーロッパにいれば安定した収入が得られるからね。デトロイトにいる若いDJの人たちは、キャッシュを稼ぐことができていないし、人々はお金を稼ぐことに不安や心配を抱えている。だけどデトロイトの人たちは、もっと音楽に対する感謝をしなければいけないと思うんだ

T それはデトロイト出身の有名なDJたちが? それとも若いDJ?

J みんなに言えることかな。ダンスミュージックカルチャーに触れるなら、もっとカルチャーに寄り添うべきだと思うし、海外へ出ていってお金を稼ぐことをしているけど、どこかで音楽に対してチャレンジをすることを恐れている感じがするんだ。大きな何かに巻かれて、プロモーターだったり、レコードレーベルも爆発することを恐れている。

Jay Daniel, Jay Daniel 来日, Jay Daniel TALA, BUSHMIND, mixmag

ContactでDJ中のBUSHMIND

B ジェイは「MOVEMENT(Movement Festival Detroit)」のことをどう思っているの?

J 俺が思うにシット。

B アツい! 変わったもんね。

J 一番最初に開催されたときは、すごくクールでドープだったんだよ。フリー(入場無料)だったし、デトロイトの人たちも喜んでた。2~3回目くらいまでは良かったけど、今はそうじゃない。

B 今は入場料も取るようになったし、チケットも高いからね。主催のPaxahauはムチャクチャ稼いだでしょ。でかい船をゲットして、その中でパーティをやったりしているもんね。

― Kyle Hallの1stアルバム『The Boat Party』が、捨てられたボートに座っている写真をジャケットに使っていましたが、まさにそのボートパーティに対してのアンチ的な意味合いがあるのかなと。

J そうだよ。カイルが言ってたよ、ボートパーティに対する反撃だってね。

B 今年のヘッドライナーはWu Tang Clanだったもんね。2015年は、Snoopだったし。

― ビッグフェスになりましたね。コーチェラフェスティバルみたいな感じですか?

J コーチュラとはまた違うんだよ! つまんないよ。Wu Tang Clanがライヴをやったんだけど、「え!?」って感じなんだよ(笑)。わかるでしょ。俺はウータン自体はドープで大好きだけど、MOVEMENTを考えると、エレクトロニック・ミュージックとなんの関係があるのかなって。キューレーション的にもお粗末だし、テイスト的にも……エネルギーも低いままだし。でも他のところでは上げてるんだよ。そこを言いたくてさ。デトロイトでMOVEMENTを開催するなら、ダンスミュージックっていう括りの中では、カルチャーの最先端に居続けるようにしないと。地元でDJをしている人に、「他の土地の人にどう見られてるか知ってる?」って聞くことがあるんだけど、なんというか、デトロイトに残ってやっている人たちの大半がアンダーグラウンドすぎるんだ。趣味でやってるとまでは言いたくないけど、主にアートのためにやってて、世界の潮流を意識してないっていうか。やっぱり地元でも時代にはついていかないと。


(BUSHMINDが毎年一年かけて制作している DJ MIX)

(後編に続く)


photography_Reiji Yamasaki
text_Kana Yoshioka

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でMixmag Japanをフォローしよう!