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FEATURES

RAMM:ΣLL:ZΣΣ “RACING FOR THUNDER” Part.2

フォトグラファー堀内麻里に聞く、ラムことRAMM:ΣLL:ZΣΣの魅力

Mixmag Japan | 24 September 2018

ザ・ラメルジー「レーシング・フォー・サンダー」

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ヒップホップ界の伝説的人物であり、唯一無二の存在であったアーティストであったラメルジー。天才、鬼才、エキセントリック、パワフル、ユニーク……と、時間を過ごした人々は、口を揃えてどれだけ魅力的な人物であったかを語る。フォトグラファーの堀内麻里さんも、ラメルジーの多大な魅力を知る1人。2004年に日本へ来日を果たした際に、ともにライヴを回り、巨匠ラメルジーとアイデアを交わしながらその姿をカメラに収めた唯一の日本人だ。「RAMM:ΣLL:ZΣΣ “RACING FOR THUNDER”」でも、彼女が撮影をした写真が展示されていた。ガベージ・ゴッドにサムライがいたり、1stアルバム『This Is What You Made Me』を日本でレコーディングをしたほど、日本が好きだったというラメルジー。知れば知るほど興味が湧いてくる、天才アーティストはどんな人だったのか、マリさんに話を聞いてみた。

(「RAMM:ΣLL:ZΣΣ “RACING FOR THUNDER” Part 1」はコチラから)

— Red Bull Arts New Yorkで開催された「RAMM:ΣLL:ZΣΣ “RACING FOR THUNDER”」では、Mariさんが撮影された、ラメルジーの写真が展示されていましたね。

Mari Horiuchi(以下、M):Red Bull Arts New Yorkの会場では、私が撮影をした2点の写真が巨大なサイズに引き伸ばされて展示されました。それ以外に、17点ほどの写真をデジタルプレゼンテーション&プレス用に提供していて、『The New Yorker』などの雑誌や、会場で流しているショートムービーなどにスチール写真が数点使われていたり、Red Bull Arts New YorkのInstagramでは、私の撮影こぼれ話や、DJ KENSEIくんとラメルジー(以下、ラム)のツーショット写真も掲載されています。

左:DJ KENSEI 右:ラメルジー

— ラメルジーに出会ったきっかけは何だったのですか? 写真に関するエピソードや、撮影された際に鮮明に覚えている印象的なことなどありましたら教えてください。

M:初めてラムに会ったのは2004年の夏、DJ KENSEIくんと D.O.I.さんがプロデュースした、ラムのアルバム『This Is What You Made Me』のリリースツアー(東京と大阪で2公演を開催)に同行したときで、このプロジェクトの発起人が私の親しい友人だったこともあり、すぐに彼と仲良くなりました。会場で大きく引き伸ばされているShan-Uのライヴの写真は、西麻布「Yellow」で行われたライヴのときの写真で、フィルムの一眼レフカメラで撮影しました。ラムのお気に入りの写真でした。「It’s moving! It’s moving!」と写真を見ながらずっと連呼していましたね(笑)。スローシャッター+後幕フラッシュというのは写真撮影のベーシックな手法なんですが、光の被り具合やブレ具合や写っている観客の表情も絶妙で、グラフィティを動かした彼のコンセプトにばっちりハマった絵だったので、私も上がったフィルムを見て、すぐに彼が気にいるだろうとわかりました。

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— 今回、展示会場にてもう1枚写真が使用されていましたが、それはどのような内容で撮影をしたものだったのですか?

M:もう1枚のキービジュアルになった「Chaser The Eraser」は、豊洲の集合住宅でフォトセッションをしたときのものです。撮影の日は、かなりの猛暑だったのに文句ひとつ言わず、完全武装なフルマスクで炎天下の中、ダッシュしたりしてアクティブに撮影に挑んでくれました。「Vain」の撮影では、私は一度死んだ「Vain」が生き返る状況を3Dとして捉えて撮影してみたいと提案したところ、ラムは「Vainは決して死なないから、Vainが死体に出くわした場合の設定でやってみよう」と柔軟に、インプロビゼーションスタイルで対応してくれました。その場にいた友人に、急遽死体役をお願いし快諾してもらった後は、私がチョークで死体を囲って、「Vainどうする?」と聞くと「秘書だから死亡証明書を作らないと。書くもの、書くもの!」みたいな感じで、ユニークなセッションになりました。ニューヨークでのオープニングパーティで、映画『WILD STYLE』の監督のチャーリー・エーハンにお会いしてそのときの話をしたところ、「彼はニューヨークでマスクをつけての撮影を積極的にやらなかったし、こんな写真が存在していたことすら知らなかったよ! 君は私たちが知らないラメルジーをたくさん知っているね」と言ったのですが、彼が東京で東京の仲間たちと過ごす時間が、どれだけ油断できて神聖なものだったのだろうかと思いを巡らせました。あれだけ凄まじい唯一無二の作品をたくさん創作し、この世から去った彼が、この私にフィルムを託した意味を、私は生涯をかけて自分に問い続けていくであろうと思った瞬間でもありました。

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— 実際に行動をともにしたラメルジーですが、どのような人物でありましたか?

M:彼ほどユニークな人間を知りません。独特の口調で、ずっと喋っているし、やることなすことすべて独創的でズバ抜けたセンスの良さは、誰にも真似できないと思います。スニーカーの靴紐の通し方ひとつにしても格好良すぎで、寿司屋で(茹で)海老7個を注文するセンスといい、ひとつひとつの小さな選択にすら個性がなくては気が済まない性格でした(笑)。車で移動中には「ターンレフト!(左へ曲がれ!)」を連発したり、とにかく一緒にいて笑いは尽きなかったし、仲間に対しては誠実で愛情深く人間味に溢れた優しい人でした。オープニングパーティで会った彼をよく知る人たちは、みんな一同に彼の口調を真似ながら彼がどれだけパワフルで心優しく面白い人だったかを口にしていました。公共の場で、マスクなしの素顔を見せたがらなかった割には「お前には撮らせる!」といい、カメラの前で満面の笑みを見せてくれた素敵な秘蔵写真も、将来的にはどこかのタイミングで世に出していければいいなと思います。

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— 偶像破壊武装主義、ゴシック・フイーチャリズムなど、オリジナルの思想を掲げ活動をされていました。この思想や考えについて、実際にラメルジーと話をしたことはありますか?

M:友達の家のキッチンでよく話をしていましたが、私の英語能力がそんなに高くないので、私とはそんなに難しい話はしませんでした。ですが「人生はガッツ(根性)と、タクティクス(戦術)さえあれば、なんでもできる!」とはよく言っていましたね。「No Guts, No Galaxy! 」も口癖で。やってないことにはどんどんチャレンジしろ、とか、お前はガッツも才能もある、と褒め殺されてモティベーションを一気に上げて頂いたので、なんだか自分に自信が持てて「よーし! 魔法使いになってラムを驚かせる写真を撮ってやる!」とガッツが沸き起こって、見えないマスクで武装し、私なりに闘いに挑んでいました。彼は、「マスクの数だけ別の人格があるので、使い分けが大変なんだよ」とも言ってましたが、20もの個性的なマスクがあって多重人格だったわけだから、そりゃあ生きることが大変どころじゃなかったと思いますよ。あとは、「今は、こんな作品つくってるから見せたいな」とか、母親や、彼女や、友達の話とか、当たり前に友達同士でする会話が多かった気がしますね。

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The Letter Racersのインスタレーションの一部

— 「RACING FOR THUNDER」の中で、MARIさんが一番好きな作品はどちらでしたか?

M:やはり「The Letter Racers」でしょう。トレインペインティングの基本思想であるレターが動く発想を3D作品にした、彼の代表作である憧れの作品群を前に震えが止まりませんでした。展示会場の入り口の廊下のトンネルのところにあるスケッチも相当強烈でしたね。そのトンネル抜けた真正面の一番目立つスポットに、私が撮影をした「Chaser the Eraser」の写真がドーンとあったので、それを見たときは卒倒寸前でした。Garbage Godsの中で、特に3体とはじっくりフォトセッションをしたので、個人的に強烈な思い入れがあったので感極まるものがありましたが、その後何度も会場に足を運んでいるうちに、ラメルジーが中に入ってパワフルに動き回って大きな声で喋りまくっていた姿を思い出し、その途端、それがセミの抜け殻のように感じられてなんだかとても寂しい気分にもなりました。3体とも私が撮影をした当初の姿よりも、かなりいろいろなエレメンツが加えられて、劇的に進化していたので驚かされましたが。

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すべて違う人格をもったGarbage Godsたちは、ラムが亡くなる直前まで決して完成することなく、常に進化し続けていたんです。彼の作品に触れたあとは、感情という感情がすべて揺さぶられて統制が利かなくなるというか、言葉にできないくらい大きく湧き上がった情感が、自分に内なる何かを刺激して、そのままではすまされない状態に陥るんです。そこがラメルジーのアートの凄さだと思います。キャンバスも3D作品も、ガーシャリアもすべての作品が素晴らしかったのですが、大きなスクリーンでの1時間くらいにおよぶムービーは強烈でしたね。80年代初頭のギャラリーでのパフォーマンスの映像を見ていたら、彼が生き返ってそこに戻ってきてくれたような感じがしました。


photo_©Mari Horiuchi (All artwork © 2018 The Rammellzee Estate) Courtesy of Red Bull Arts New York.
text_Kana Yoshioka
edit_Yuki Kawasaki

堀内麻里_Mari Horiuchi

東京都出身。90年代半ばよりファッション雑誌やカタログ、カルチャー誌およびミュージシャンの撮影を中心に活動を始める。ストリートアートにも造詣が深く、10年間ライフワークとしてヨーロッパのグラフィティアーティスト達のドキュメンタリー写真を撮り続け、その一部の30点は2005年の水戸芸術館でのX-COLOR/グラフィティでも一部屋を使って匿名で展示された。2001年よりアムステルダムに拠点を移し後にミラノに移る。2017年より再び東京に拠点を戻し、独自のスタンスで活動中。
http://mari1.com

 

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