「ベストタイミングに来たね。今日は最高のパーティーになるよ」。そう言ってAta*が笑った。
*Ata:Robert Johnsonのオーナーであり、老舗レーベル<playhouse>主宰のひとり。Mixmag Japanが彼に実施したインタビューはコチラ)
“最高のパーティー”とは紛れもなく、この日この場で体験したこのパーティーのことであり、巷に飛び交う挨拶代わりのように使われている安っぽい表現ではない。自分の持ってる言葉の全てを出し切っても到底語り尽くせないほど素晴らしいものに出会った時だけ”最高”と言うべきなのだ。そんな”最高のパーティー”と出会ってしまったこの日から、今このレポートを書いている瞬間さえも「Robert Johnson」のことが頭から離れない。「Robert Johnson」とは、音楽のソウルが取り憑いている、いわば“音楽の聖域”なのである。
私たちが「Robert Johnson」(以下、RJ)を訪れたのは12月14日、外の気温がマイナスに届きそうな寒い日だった。この日はRicardo Villalobos(以下、Ricardo)が毎回Back to Backの相手を自ら選んで不定期で開催しているカルト的人気を誇るパーティー「Hotel Scandalös」、しかも今回の相棒はRicardoの盟友であり、ルーマニアのアンダーグラウンドシーンを代表するRareshとあって期待は最高潮に達していた。これまでにも同じくルーマニアン代表、RareshとともにRPR Soundsystem名義でも絶大な人気を誇るRhadooをはじめ、Dorian Paic、Veraといったドイツを代表するトップアーティストたちがご指名を受けている。Ricardoとの貴重なB to Bが見れるだけでなく、通常朝までの営業のところお昼近くまで音が鳴り止まず、昇り切った太陽の陽が窓から燦々と降り注ぐ最高のシチュエーションの中で踊り狂う名物パーティーなのだ。
それに参加出来ることだけでも嬉しいが、今回は独占取材までさせてもらえることに震えが止まらなかった。貴重な機会を承諾してくれたAta、スムーズな対応をしてくれたRJのスタッフ、協力してくれた全ての人に心から感謝を述べたい。当然ながら通常は全てのパーティーにおいて撮影禁止である。これはプライバシー保護が主な理由であるが、ベルリンにおいてもローカルクラブのほとんどが同様であり、訪れる際のマナーとしてここにも記載しておきたい。
そんな中、今回は許される時間内で撮影をさせてもらい、プレスパスなど用意されていないフォトグラファーの緊張感さえも伝わってくる完全なる潜入取材となった。
オーディエンスの邪魔にならないように早めの時間に到着したにも関わらず、エントランス前にはすでに長蛇の列が出来ていた。前売りチケットを握りしめたファンで溢れかえり、きちんと整列された列はドイツ人らしいマナーの良さとファッション誌のストリートスナップ特集を見ているかのごとくファッション感度の高い人が多いことにも感心した。
この日はメインフロアーの混雑を避けるため普段は使用していないラウンジをアンビエントフロアーとして開放していた。まず一歩入った瞬間から響き渡る音の良さに驚かされる。まだ空いているフロアーにはスローなジャズやアンビエントが流れ、ラウンジ仕様のボリュームながら細部に至るまで音がクリアーに聴こえてくるのだ。その音質にうっとりしてしまいバーに行くのを忘れるほどだった。上品な黒塗りのウッドフロアー、ぼんやりと顔が見える程度の最小限に抑えたライティング、ミニマルモダンなバーカウンター、まるでセンスの良い高級ホテルのバーのようなエレガントさに居心地の良さを覚えた。
アンビエントフロアーを堪能したのち、いよいよ上階のメインフロアーへと向かった。RJのレジデントでもあるTCBがプレイしており、フロアーはすでに満員に近い状態になっていた。そして、一歩足を踏み入れた瞬間、足がフロアーに吸い付く何とも言えない感触と足元から頭まで波のように一気に這う音に痺れ、一瞬何が起きたのか分からなかった。ステップを踏む度ウッドフロアーにピッタリと密着していく自分の足の感触が堪らなく気持ち良くて、溜まりに溜まった疲労感など一気にどこかへと吹き飛んでいった。ダンスフロアーと身体が密着し、聴こえてくる音、踊る人々、自分とが一体化していく、こんな体験は長年のパーティー人生において一度もないことだった。歓喜と興奮に満ち溢れたままフロアーの前方真ん中で無我夢中で踊った。全身から発した自分の歓声さえも音の波に乗ってフロアーに広がっていくのを感じた。
RJのシンボルであり、何度もネット上で目にしていたDJブースの頭上に設置されたテレビモニターの羅列、ローカルの気鋭アーティストによって定期的に変えられているグラフィカルな壁のデザイン、オーディエンスと同じ目線で伸ばせば手が届く位置に設置されたDJブース、フロアーのどの位置にいても音が一定に聴こえるように完璧に設置されたMartin Audioスピーカー、そして、最高の演出が用意されたDJブース裏の一面ガラス張りの窓、その向こうには街が一望出来るバルコニーが設置されている。
300人キャパという決して広くない四角い箱の中に全てが詰まっていた。もともとはPink Floydなどロックバンドがツアーで使用していたロンドンの老舗スピーカーMartin Audio、DJブースの左側にはVJブース、スクリーンの替わりにテレビモニターから映像がループする、クールでリズミカルなステップを踏む熟練のオーディエンス、ここには最高品質のダンスミュージックを聴くために必要な最小限で最上級のスペックが全て揃っているのだ。
爆音過ぎて音が割れている、高音になると耳が痛くなる、スピーカー前に行かないと低域の音が物足りない、センターでないと左右の音のバランスが悪い、こんな環境のクラブはこれまでイヤというほど体験してきた。RJにはそういったストレスが一切なく、感動するほど全てのバランスが整っている。
ブースを取り囲むように踊り狂う沢山のオーディエンスが見守る中、Ricardoは相変わらず針を飛ばす得意技を披露していた。もはやそれは彼のキャラクターであり、そんなことは少しも気にならないほど素晴らしいプレイを見せつけてくれた。個人的な意見を言わせてもらえば、ビッグフェスのような大箱でのプレイより、フリースタイルで楽しそうなRicardoが身近に感じれる小箱の方が断然好きである。彼のプレイは大小含めて何度聴いたか分からないが、この日が過去最高だったことは言うまでもない。
常に穏やかな表情で落ち着いた動きのRareshが繊細でソリッドなミニマルトラックをかけていく横で、Ricardoは茶目っ気たっぷりにユニークなパーカッション入りのトラックや艶っぽいサウンドを織り交ぜていく。メランコリックでインテリジェンスなハウスにのめり込んでいたら突如ポジティブでアッパーなダンスチューンに切り替わり、遠くから聴こえてくる妖艶なボーカルが徐々にビートの上から全体に覆い被さっていく。もはや数え切れないほど共演を果たしているであろうRicardoとRareshのコンビネーションは実に見事だった。ミニマルテクノ、クリック、ラテン、ジャズ、ディープハウス、2人がそれらを自由自在に操り、交互に紡いでいき、これまで見たどのB to Bより滑らかで美しいストーリーが目の前で完成していった。
DJブース後ろから徐々に明るい光が差し込んできた。いよいよクライマックスを迎える瞬間がやってきたのだ。パンパンのフロアーはオーディエンスの歓喜と熱気に満ち溢れ、拍手と歓声が湧き上がると共に太陽が昇り、神々しい光がフロアー全体を包み込んでいった。
RJはフランクフルト市内でもなければ、最寄駅のオッフェンバッハからもお世辞にも近いとは言えない辺鄙な場所にある。それでも毎週通う価値がここには確かに存在する。伝説のブルース歌手と同名であることに何ら恥じることのないハイクオリティーで特別な空間なのだ。パーティーとは、クラブとは本来「そこにいる人だけのためのもの」であり、iPhoneで写真や動画を撮影し、SNSに投稿して誰かとシェアするために存在しているのではない。自分の存在価値はそんなことでは証明されないし、その場で得たものは自分の内側に大切に入れておくべきなのだ。そんな当然のことをRJで再認識することができ、すでに忘れかけていたクラブへのパッションが舞い戻ってきたのを感じた。
“最高のパーティーの最高の瞬間をありがとう”
Text : Kana Miyazawa
Photo : Atsushi Harada
Coordination:Yoshihiro Horikawa、Kana Miyazawa
Special Thanks : Ata、Sonoko Kamimura、Staff of RJ、Spectators of RJ
(*特別に許可を得て撮影を行っております。通常はスマートフォンでの撮影も禁止されています。)
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