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MUSIC

INTERVIEW:BICEP(1)「世の中には退屈で、眠くなる、心地よい音楽が溢れている。 僕らはもっと活き活きとしたものを作りたいんだ」

努力と偉大な音楽に対する剥き出しの情熱……ベルファストの人気デュオ

Mixmag Japan | 7 December 2017

先ごろ来日し、Contactでのパフォーマンスも記憶に新しいBICEP。『Mixmag UK』にて行われた貴重なインタビューをここに全文掲載する。合わせてフリーマガジン『Mixmag Japan』もチェックしてほしい。

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ライブ中の彼らを見ていると
まるでテレパシーで通じているかのようだ

 とあるDJの仲間内では、BicepのUSBドライブはちょっとしたお宝の扱いを受けている。アムステルダムの“Dekmantel”フェスティバルの舞台裏では、ブース裏でちょっとした騒動が起きている。数千人のレイヴァーたちに向かってプレイ中の、地元オランダの人気者、Job Jobseが、控え室につながる階段の上からベルファストの二人組に呼びかけてきた。すると、Bicepのマット・ マクブライアーが階段下に現れ、周囲が固唾を飲んで見守る中、小さな長方形の物体をJobseに向かって放り投げる。Jobseはそれを見事にキャッチ、急ぎ足でDJブースに戻ると、それをデッキに差し込み、程なくすると、楽しげなイタロディスコが流れ出す。

 この儀式は、Bicepの二人がJobseと共演するたびに起きる恒例イベントだ。イタロディスコの正体は、Bicepがかつてエージェントの結婚祝いのために作った曲で、その音源は厳重に管理されている。しかし、Jobseはこの曲がいたって気に入っており、ギグで一緒になると、必ずプレイさせてくれと頼んでくるのであった。お約束のジョークのようにもなってきているが、これはBicepにとっても楽しみの一つなのだ。30歳のマット・ マクブライアーとアンディー・ファーガソンが、何の変哲もない、共同でブログを運営する高校生の友人同士だったのは、そんなに昔のことではない。しかし、今となっては、二人は全盛期のライブ・パフォーマーであり、間も無く、ヨーロッパで最も高いステータスを誇る音楽フェスで、ユニット名を冠したデビューアルバムをお披露目しようとしている。ハードルは高い。

「クラウドが大きいほど緊張する」と、登場するステージがどんどん大きくなっていることについて語るのは、二人のうちでより背が高く弁も立つ方のマットだ。
「最後のギグでは真っ暗な中で機材を片付けて、それから一度もバッグを開けて確認してないんだ……」と付け加えるのは、ヒゲモジャで、無骨で、常にユーモラスな答えを考える方のアンディ。
「絶対にトチるよ……」と続けるマット。「70本のケーブルを、正しく接続しなければいけないんだ……」。
 アンディは、不安そうに顎をさする。「僕らは、200人規模のクラブで下積みをする機会がなかったんだ。ほぼ初めてのライブが“Field Day”のテントでのトリだったんだけど……うひゃーって感じだったよ」。

 Bicepの急激な躍進は本当だ。2008年にブログ「Feel My Bicep(上腕二頭筋を触ってごらん)」を立ち上げてからというもの、彼らはインターネットの片隅から国際的なスターダムまでのし上がり、DJ/プロデューサーとしてスマッシュヒットの数々を世に放ち、軽い足取りで、ライブ配信やEssential Mixes、XOYOにおけるレジデンシー、カール・クレイグにリミックスをしてもらうなど、ダンスミュージック界の数々の登竜門をくぐり抜けてきた。その間も彼ら「信頼性」というコンセプトに何とかしがみつき、彼らの3本腕のロゴは、今となってはファンが上腕(以下略)に刺青を入れるほどの、品質のシンボルマークとなっている。

 より大事なのはしかし、Bicepの二人がトレンドメーカーであり続けたことだ。ブログ投稿やミックス配信、そして自らのレーベルからのリリースを通して、彼らはひと世代の音楽ファンをレフトフィールド・ディスコや変わり種エレクトロ、そして過去40年のレイヴ・クラシックスに見事ハマらせた。特に、ここ5年間にダンスフロアで顕著な勢いを増してきたクラシック・ハウスに影響を受けたサウンドは、彼ら自身が認めようと認めまいと、彼らの功績によるところが大きい。

「90年代は、ブログに書くことが多すぎる時代だった。凄い時代だったんだ」と語るのは、当時のピアノリフのシンプルさや、全体的に「気まま」な雰囲気に魅了されるというアンディ。その影響は彼ら自身の作品にも及んだが、盛り上がりすぎたのを見て、「それからはやめた」という。

「ついに、ブログで紹介したイタロディスコをプレイするとクラウドから『どうしてそんな曲プレイするの? 君たちは90年代ハウスの人でしょ?』という反応が出るようになって、『こりゃやってられん』ってなったんだ」。

 90年代ハウスの復興は、Bicepの素顔の半分でしかない。今の彼らは、古いクラブミュージックのジャンルであれば、何でも手を出すスタイルになっている。最近のプロダクションでは、ブレイクビーツからアンビエント、イタロ、トランス、テクノと変遷する。しかし同時に上腕二頭筋らしさ……筋肉質で脂肪が少ないサウンドでもあるのが面白い。これらのジャンルは既にクラブ界に再浸透しつつあるが、Bicepの二人は自分たちの関与について気にとめる様子もない。「僕らは僕らのタイミングで、勝手に指向性を変えているだけだよ」と語るのはアンディ。Bicepは、ブログに掲載するフリー音源を除いては、比較的、秘密主義だ。現代のサクセスストーリーであると同時に、彼らの人となりについては、大部分が闇に包まれている。「アウトドア派ではないよね」と語るのはアンディ。「むしろ、寡黙なインドア派」。

「寡黙」については控え目な発言だ。ライブ中の彼らを見ていると、まるでテレパシーで通じているかのようだ。ベルファストのラグビーの練習で知り合った、9歳の頃から付き合いがあることを考えれば当然なのかもしれない。少年時代、アンディはパンクやヘビメタに傾倒し、マットに至っては全くと言っていいほど、ハウスに興味がなかった。彼の音楽的指向性の裾野を広げたのは、ある日「たまたまエイフェックス・ツインのアルバム」を持ってきた彼女だ。マットはアンディよりも少し早くダンスミュージックと出会ったが、それは単に高身長のおかげで、地元のクラブShineに、より簡単に潜り込むことができたからだ。「16歳だったんだけど、身長を高く見せるために、靴にテニスボールを入れたりしたんだ」とマットは振り返る。「偽造IDやらなんやらも持ってたよ」。

「Feel My Bicep」は秀逸なダンスミュージックを
まとめて聴ける数少ない方法だった

 マットとアンディの仲間内では、当時アンダーグラウンド・レジスタンスやデイヴ・クラーク、アンドリュー・ウェザオールなどがハードテクノをプレイしたShineに通うことが日常となっていた。電子音楽に対する新たな好奇心が、彼らの楽曲発掘の趣味に火をつけた。「毎週クラブに行く前に、CDを持って友達のガレージに集まってそれぞれチューンを披露しあったんだ」と語るアンディ。「誰が何をかけるかについて、いつも喧嘩になっていたよ」。彼らが喧嘩した音楽のスタイルも、Bicepにまつわるあらゆることと同様、かなり想定外のものだった。「最も知られていないパワー・バラードを見つけるってのが、一大イベントになったね」とマット。「ジェレミー・クラークソンの番組で流れるようなやつじゃなくてね。珍妙でレアなやつね」。

ブログ「Feel My Bicep」は、もともと、進学でイギリス中に散らばってしまった友人たちと繋がり続け、珍妙でレアな楽曲を掘り続けるために始めたものだった。アンディによると、当時はダークなミニマル・テクノが「大ブームで、音楽が最もソウルフルネスに欠ける時代だった」ため、「対称的なイタロディスコの世界に目を向けたんだ」。実際、彼らの最初の投稿は、Modularレーベルからリリースされたサイケデリック・ディスコ、The Toughの「A New Chance」(Mungolian Jet Set remix)であり、続く投稿はKompaktの旧譜についてのものだった。ジャンルによらず、ブログの根底に流れるのは、楽しくて、ライトで、生真面目に考えすぎない姿勢で、新しいリミックスや入手困難なビンテージ曲などのRIPが沢山アップされ、無遠慮なトーンのコメントが掲載されていた。

 今となっては考えられないようなことだが、「Feel My Bicep」をスタートした当時、「YouTubeにはアングラな音源がほとんど上がっていなかった」とマットは語る。「SoundCloudよりも前の時代だしね」。彼らのようなブログが、幅広いジャンルのダンスミュージックから秀逸なものをまとめて聴ける、数少ない方法だったのだ。アンディとマットは、レコード屋さんを隅々まで探して旧譜を発掘してきた。今では、そんな時間もなかなか取れないと嘆く。また、マットは「より多くの人が音楽にハマっているけど、探し物を見つけるのにあたり、辛抱が足りないんだよ」と嘆く。無論、かつては砂の中に落とした芥子粒を見つけるような作業だった気になる曲のレコード探しも、今ではTrack IDを共有するグループを検索すれば一発だ。しかしアンディに言わせると、何よりも、「何をやってもよかった無名時代」を懐かしんでいるという。「僕らは、誰にも指図されずに、自分たちで勝手なことをやりたいんだ」。これについては、割と実行できているという話もあるのだが、それについては後ほど改めて。

INTERVIEW:BICEP(2)へ

Words:ケイト・ハッチンソン Kate Hutchinson
Photography:ダン・メッドハースト Dan Medhurst

 

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