svgs_arrow-01-l svgs_close svgs_heart svgs_menu svgs_play svgs_stop svgs_arrow-02-b svgs_facebook svgs_instagram svgs_line svgs_search svgs_soundcloud svgs_twitter favorite player svgs_arrow-03-r svgs_setting svgs_slide-menu-bottom svgs_arrow-01-b more gift location recommended star clear

NEWS

Mixmag Japan’s Picks: The 50 Best Albums of 2021

2021年を反映していた素晴らしき50枚

Mixmag Japan | 30 December 2021

年間ベストアルバム, 年間ベストアルバム Mixmag, mixmag

新型コロナウイルスの影響によって、現在は国ごとに異なる様相を呈している。夏ごろに感染症対策が上手くいっていたと思われる国や地域が、今になって状況が悪化していたり、その逆のケースも度々見受けられる。今も多くの国でクラブカルチャーは難しい状況にあるが、「普遍的な体験」は再定義されつつあるようだ。音楽業界で言えば、フェスやクラブ/ライブハウスにおける営業形態が、国内ですら万別だった。サマーソニックやFESTIVAL de FRUE、ageHaを含むいくつかの組織の尽力によって海外アクトの招聘例が生まれたが、それも数えられる程度である。住む場所によって、現場の体験に大きな差があった。文化的な違いや法律の相違が、これまで以上にはっきりと見える。

このような状況下にあって、今年は極めて内省的かつ個人的な作品が多かったように思う。往々にしてエレクトロニック・ミュージックはフィジカルな音楽として解釈されているが、今年リリースされた作品は、それらが本来すこぶるカラフルなものであることを改めて認識させてくれた。それぞれのルーツが千差万別であるように、「自身」を突き詰めるとやはり出てくるものも多種多様なのである。Leon VynehallやJoy Orbison、Yoshinori Hayashiらの作品がそうであるように、自身のルーツをこの時代に再定義するような内容でありながら、提示されているサウンドスケープはそれぞれ異なる。

もちろん、普遍的なテーマがなくなったわけではない。例えばフェミニズムがそれにあたるだろう。その文脈において、素晴らしい作品を完成させたのがLittle SimzでありJazmine Sullivanだ。彼女らの誠実さ、切実さ、そして力強さは、2021年に絶えず鳴り響いていたような気がする。

なお、この記事におけるナンバリングは便宜上の役割しか持っておらず、作品の優劣を表すものではない。つまり、本稿に書かれているのは「ランキング」ではない。


1. 『古風Ⅱ』 by 冥丁


昨年リリースされた『古風』の続編にあたるアルバム。「LOST JAPANESE MOOD」(失われた日本のムード)をテーマに、アンビエント・ミュージックやコラージュの方法論で編纂された作品である。前作『古風』の流れを汲みつつ、本作には「修羅雪姫」や「黒澤 明」といった、比較的新しい日本を題材にした楽曲も収録されている。偏狭な国粋主義とは別の次元の、限りなくフラットな「記録」としての日本が映し出されているように感じる。強要も束縛もしない、ただそこにある「日本」。美しい。


2. 『Talk Memory』 by BADBADNOTGOOD


BADBADNOTGOODがこれまでリリースしてきた作品の中で最もクラシカルなジャズアルバムでありながら、最も野心的なサウンドスケープを実現している。2016年にリリースされた『IV』(世間の評価はそこそこだったが個人的には大変好み)は、エレクトロニック・ミュージックに大きく接近したアルバムだった。それに対し、本作はあえて「ジャズ」の制約の中で、様々な試みを行っているように思われる。これはまるで、DTMが流通していなかった90年代のテクノ・プロデューサーたちのようであり、エレクトロニクスを導入してジャズの枠組みを超えようとしていたマイルス・デイヴィスのようでもある。一見ノスタルジーのように感じられる“Talk Memory”だが、本質は“革新”にあるではないだろうか。


3. 『Heaux Tales』 by Jazmine Sullivan


第57回グラミー賞で、生前のプリンスが「アルバムって覚えてるかい?」と我々に問いかけた。「本とか黒人の命と同じように、アルバムは重要なんだよ」と。多くは語られなかった彼の言葉が、Jazmine Sullivanの『Heaux Tales』を聴くと重くのしかかる。複数の異なる女性が“Interlude”的に登場し、苦悩や羞恥、セックスについて語る。そこで追求されるのは愛の行方だ。それらが映画的に結実する本作は、普遍的な傑作であり、それはやはり“アルバム”でなければならなかったように感じられる。プリンスは正しかった。


4. 『Neon Genesis: Soul Into Matter²』 by Meemo Comma


架空のアニメのサウンドトラック。そのようなコンセプトを持ったアルバムは、“Neon Genesis (EVANGELION)”と銘打たれている。しかし実際にエヴァンゲリオンがモチーフになったのは意匠(アルバムのアートワークを含む)のほうで、音楽のインスピレーションとなったのは「攻殻機動隊」だという。筆者の観測範囲内に限った話かもしれないが、近年「攻殻機動隊」を重要なリファレンスとするアーティストはかなり多い(以前から多かったが)印象がある。

参考: Phase Fatale 【インタビュー】 「『攻殻機動隊』が今回は重要な参照元だった」

そしてこの架空のアニメは、ユダヤ教神秘主義における「カバラ」が下敷きになっている。エヴァや攻殻機動隊がそうであるように、Meemo Commaが好む日本のアニメやゲームはユダヤ教的だ。終末論やポストアポカリプスの世界観にこそ希望を見出す精神は、様々な意味で共感できる。


5. 『And Then Life Was Beautiful』 by Nao


この3年間、ノッティンガム出身のネオソウル・シンガーNaoは様々な経験をした。2018年にリリースした『Saturn』がマーキュリー・プライズやグラミー賞にノミネートされ、けれども自身は燃え尽き症候群に苦しみ、そして母親になった。さらに社会はコロナ禍に突入し、公私ともに激動の時期に生まれたのが本作『And Then Life Was Beautiful』である。タイトルからして、いろいろ乗り越えてきたことが窺える。アフロポップの新鋭・Adekunle GoldやエクスペリメンタルR&Bの雄・serpentwithfeetらを迎えながら、王道のネオソウルを突き進んだ快作だ。そこで鳴り響く、Lianne La Havasをフィーチャーした「Woman」。時代の空気感と個人的な体験が見事にR&Bとして結実しているという点では、Frank Oceanの『Blonde』を想起させる。


6. 『Tokonoma Style』 by Shinichiro Yokota


リスニングミュージックとしても、明け方のフロアを彩るハウスミュージックとしても素晴らしい傑作。Mixmag UKでも高く評価されていたが、我々は彼らよりディテールまで解釈できる。なぜなら日本語を解せるからだ(参照: 「Asian Monsoon」)。そもそもタイトルの“Tokonoma Funk”も言語的にニュアンスを解釈することができる。近年ではyaejiやBTS、Babymetalが母国語をそのまま英語圏の音楽シーンに持ち込むケースが増えてきた。かつての我々と同じように、音楽と言葉で“二度その曲と出会う”という経験を、英語圏のリスナーは味わっている。その意味では、本作を“二度味わえる”UKの編集部が羨ましい。


7. 『Honest Labour』 by Space Afrika


マンチェスターのコラージュ・デュオSpace Afrikaのフルアルバム『Honest Labour』。昨年はBLMに連帯し、自身らがレジデンシーを務めるNTSの番組音源を含むいくつかのサウンドをカットアップする形で作品化したミックステープ『hybtwibt?』で広く話題を呼んだ2人組による、やはりコラージュ集的な作品だ。前作がそうであったように、配置の乱雑さは感じず、音のプレゼンスに意味を見出したくなるようなアルバムである。すっかりコマーシャル化した“Lo-Fi”に飽きた人が増えている実感はあるが、それへのカウンターとしてコラージュを選択したアーティストは彼らぐらいだろう。高密度かつ高精度の音のかたまりは、その鳴りの豊かさを教えてくれた。意思のある音の“配置”は、時に言葉を超越して圧倒的な情報量をもたらす。


8. 『Delta』 by Lyra Pramuk


Lyra Pramukが昨年リリースした『Fountain』を再構築したのが、リミックスアルバム『Delta』だ。今年はリミックスプロジェクトが豊かな年でもあったが、本作とNubya Garciaの『SOURCE ⧺ WE MOVE』は抜群に素晴らしかった。オリジナルである『Fountain』はポストクラシカルなヴォーカルアルバムだったのに対し、『Delta』はその流れを引き継ぎつつも更に広がりのある作品に仕上がっている。Hudson Mohawke、Ben Frost、Eris Drew、Tygapawら、破格のプロデューサー陣から返ってきたのは、オリジナルの“声”に対する最適解以上の答えだった。


9. 『I Hope It Lasts Forever』 by Qrion


Sashaの〈Last Night on Earth〉から音源を発表し、Above & Beyondのレーベル〈Anjunadeep〉からデビューアルバムをリリースするビッグアーティストへ変貌したQrion。チェコのO2アリーナ(18,000人収容)やTomorrowlandのステージを踏んだ彼女が、デビュー作で辿り着いたのは自身の地元・札幌だった。ツアーやギグの予定がひっきりなしに入って来るであろう彼女は、今やパンデミックに関係なく簡単に帰国できる環境にはいないはずだ。それゆえに「Maybe It Was Already Here」には個人的なノスタルジーを超えた、普遍的な寂しさや切なさが滲み出ている。しかし同時に、あくまでダンスミュージックの枠組みの中でそれを顕現させたことについては、海外のシーンで名を挙げた者の矜持も感じられる。


10. 『Actual Life 2 (February 2 – October 15 2021)』 by Fred again..


Brian Enoに師事し、Stormzy、Ed Sheeran、The xxのRomyらと共作を重ねてきたFred again..。今年の彼はまさしく破竹の勢いで活動していた。今年の4月にデビューアルバム『Actual Life (April 14 – December 17 2020)』をリリースし、コロナ禍におけるクラブシーンの状況を克明かつエモーショナルに描いてみせた。The Blessed Madonnaとの共作「Marea (We’ve Lost Dancing)」は、今日もあらゆる放送局とDJによってプレイされている。しかしフロアライクなデビューアルバムとは対照的に、その続編としてリリースされた『Actual Life 2 (February 2 – October 15 2021)』は明らかに喪失が大きなテーマになっていた。根幹は変わらずアップビートな4つ打ちだが、そこで歌われているのは“愛する人の死”である。ダンスミュージックで万人の心の傷が癒せるとは思わないが、人によっては気休め程度にはなり得るだろう。そして時に、その気休めが人生を大きく変える場合もある。我々の多くが、そのような経験を経てきているように。


11. 『Isles』 by Bicep


この2年間、何度もダンスフロアは閉鎖されてきた。その度にオンラインプラットフォームやメタバースが開発され、様々な手段が講じられている。Bicepの『Isles』は、その意味で今日的なアルバムだ。ジャンルの多様性だけでなく、我々の音楽の聴き方にまで射程が伸びている。彼らにいわく、「みんながヘッドフォンで楽しめるアルバムを意識していたし、ライブショーのためにそれらのトラックをクラブ・ヴァージョンにしたものをこれから作っていく予定」であるという。すなわち、最初から可変のサウンドとして本作は設計されていた。ベッドルームで、アリーナで、あるいは仮想空間で、本作はあらゆる場所と条件で鳴り響く可能性を秘めている。


12. 『World Sketch Monologue』 by Nami Sato


「モノローグ」は“独白”を意味する言葉だが、演劇で言えばミニマムな形式である。登場人物がひとりしかいないので、ギミックがなければ観客の視線は舞台に立つ人物に集中する。Nami Satoの『World Sketch Monologue』は、その“ひとり”に焦点をあてたアルバムだ。すなわち、“私”のためのサウンドトラックである。ドキュメンタリーとして史上初の金獅子賞(ヴェネツィア国際映画祭の最高賞)に輝いた『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』よろしく、平凡な営みに価値を見出すような趣がある。本作は、『OUR MAP HERE』でルポルタージュ的に東日本大震災後の仙台を描いた彼女の、より普遍的(けれども主観的)なアルバムだ。


13. 『Antifate』 by Ziúr


イギリスの作曲家エルガーが描いたロンドン讃歌「Cockaigne」をモチーフに制作されたアルバム。ベルリンを拠点に活動するDJ/プロデューサーのZiúrと、常にエッジーなサウンドを放ち続けているレーベル〈PAN〉の“幸せ”なタッグが実現した。ロンドンの街中にはワインが流れ、立ち並ぶ家々はケーキでできており、人々はユートピアを生きている…。そういったメルヘンな世界観をシニカルなタッチで描いたのが本作だ。不穏でドロドロとしたベースの果てに、微かに聞こえる理想郷の音。冷たくコンシャスなエレクトロニック・ミュージックだが、その奥には陽光への確かな憧憬がある。


14. 『Basic Tools (Mixtape)』 by Equiknoxx


近年のEquiknoxxは多忙を極めている。Time CowはGiarkとアルバム『Glory』を共作し、Shanique Marieはレゲェの流れを汲んだネオソウル・アルバム『Gigi’s House』をリリースし、Gavsborgは西アフリカからインスパイアされた作品を複数回にわたって発表し続けている。そんな彼らが再び集結して制作したのが、レゲェやダンスホールのマナーを踏襲したミックステープだった。すなわち、母国であるジャマイカに回帰したのである。カッティングエッジながら情念と土着性に溢れた、型破りな“ジャマイカン・ダンスミュージック”が誕生した。


15. 『New Dawn』 by Mars89


『Neon Genesis: Soul Into Matter²』がエヴァンゲリオンならば、本作は伊藤計劃の『ハーモニー』(著名なところで言えば)ではないだろうか。やはり終末論的でありながら、本作はポストアプカリプスにまで及んでいる印象を受ける。2011年3月11日からちょうど10年が経った日にリリースされたEPは、決してハッピーな内容ではない。無機質なサウンドは回遊し、いつしか攪拌され、それにより我々の意識は溶けてゆく。本作における“New Dawn”には、人類の所在が想像しにくい。しかし現在においては、その世界観にこそリアリティを感じるのも確かである。


16. 『Rare, Forever』 by Leon Vynehall


これまでのLeon Vynehallは、アルバムをコンセプチュアルな観点から制作する傾向にあった。2014年の『Music for the Uninvited』は母親の車の中でかかっていたミックステープの記憶に根差しているし、2018年の『Nothing Is Still』は祖父母が1960年代にニューヨークへ移住した時の物語を再構築している。けれども、今年彼が作ったのは極めて私小説的なアルバムだった。「Snakeskin ∞ Has-Been」や「Dumbo」は、スムースなディスコチューンでもなければ、写実的なビートミュージックでもない。そこにあるのは、歪で即興的な“彼の刹那”である。


17. 『Im Hole』 by aya


バーニー・サンダースがアメリカで抜本的な社会改革を行おうとしたように、イギリスでもまたジェレミー・コービンが福祉や経済政策を変えようとしていた。「歩くソビエト連邦」と揶揄されることもあったが、現行の資本主義に限界を感じている人は決して少なくない。そんな中、自身のライブで「コービンに投票しろ!」と喧伝していたのがaya(aka LOFT)である。冒頭で述べたように、今年の重要なテーマが“エレクトロニック・ミュージックの内省的な多様性”だったならば、『Im Hole』はその最先端を行っていた。セクシュアリティやジェンダー、アイデンティティを問いかけながら、社会からの外圧に抗っている。アイデアに長けたヴォーカルワークと、再構築したダブステップやテクノがコンシャスな響きを伴って鳴っている。本作がそうであるように、社会と音楽の関係性を電子音を通して真摯に問い直していた点で、今年も〈Hyperdub〉は図抜けて素晴らしかった。


18. 『Na Zala Zala』 by Rey Sapienz & The Congo Techno Ensemble


〈Nyege Nyege Tapes〉、あるいはその傘下の〈Hakuna Kulala〉は、今やアフリカン・ダンスミュージックの一大拠点である。ウガンダの首都・カンパラを拠点に活動する同レーベルは、グローバルにその影響力を拡大している。Hakuna Kulalaの共同設立者であるRey Sapienzも、シーンにおけるキープレイヤーだ。しかし彼の場合、自身の地元は別にある。それが現在も間欠的に紛争が起きるコンゴ民主共和国だ。志を同じくする音楽プロデューサーを求め、彼はウガンダへと渡ったが、その間に母国で内紛が起きた。その時期に滞在先のカンパラで立ち上げたのがHakuna Kulalaである。また、悲劇的な境遇にあって、ダンサーでパーカッショニストのPapalas PalataとラッパーのFresh Dougisとの出会いは奇跡だった。彼らによって結成されたThe Congo Techno Ensembleは、東アフリカの伝統を積極的に取り入れながら、無二のサウンドを実現している。ダンスホールやトラップを独自の解釈で分解して再構築する様は、黎明期のフリージャズのようでもある。


19. 『DREAM LAND』 by ermhoi


Black Boboiやmillennium paradeのメンバーとしても活躍するermhoi。今年はアニメ映画『竜とそばかすの姫』のサントラの制作に参加し、同作では声優としてもデビューした。メジャーなフィールドでの活躍も目立つ彼女の最新アルバムは、インディーアーティストであるアイデンティティを確かめるような内容だった。これまでにも何度か彼女が日本語を使う場面はあったが、今回ほどコンセプチュアルに母国語を使用した例はないだろう。それはやはり、『古風Ⅱ』と同じく、歪んだナショナリズムとは異なるマインドによるものだと思われる。より優しく、純朴なアンビエンス。


20. 『之 / OF』 by Li Yilei


“之”は英語でいう“OF”にあたり、文章と文章の間をつなぐ役割を果たす。すなわちそれだけでは不完全なものだが、同時に可能性を秘めた言葉でもある。パンデミックの影響によってロンドンから上海に帰らざるを得なくなったLi Yileiは、例に漏れず2週間の隔離期間を経験した。その中で時間の概念と対峙し、新たな現実において生まれた感情をサウンドとして具体化したのが『之 / OF』である。12個のトラックはそれぞれ時間を示しており、人間と自然の関係を問うている。感覚が研ぎ澄まされた時、我々は身の回りに驚くべき美しさを発見することがある。上海のホテルの一室だろうが、人気のない東京の夜の公園だろうが、“そこ”そのものの美はやはりあるのではないだろうか。


21. 『Shout Out! To Freedom…』 by Nightmares On Wax


現在の〈Warp Records〉の中で最も古株のNightmares On Wax(本名・ジョージ・エブリン)が打ち出したのは、文字通り“自由への渇望”だった。ブリープ・トラックの金字塔「Dextrous」を世に送り出し、アンダーグラウンドなアーティストでありながら作品の総売り上げは100万枚以上を記録しているエブリン。現在は妻子と共にイビサ島で悠々自適に暮らしている…、わけではなく、近年は脳腫瘍に苦しめられていた。腫瘍が良性だったとはいえ、一時は命の危険に晒された彼は「本作が最後のアルバム」と考えていた。人が死の際で作ろうとした作品である。当然ながら制約や打算に縛られることなく、そこには限りなくピュアな世界が広がっている。内容は全く違うが、彼が何者でもなかった時代に作られたブリープトラックのように、“自由”に満ちたソウルアルバムが誕生した。


22. 『Chameleon』 by Anthony Naples


ニューヨークを拠点に活動するDJ / プロデューサーのAnthony Naples。ハウスミュージックの未来を担う存在と目されながら、その評価をあざ笑うようにエクスペリメンタルなサウンドスケープも提示し続けてきた。しかしコロナ禍においては、ハウスの行方は場所も時期も限りなく限定的である。パンデミック以降、まともにフロアが機能していたのは多く見積もっても5か月程度だろう。カート・ヴォネガットの言うように、アーティストについて“社会の危機をいち早く感知する存在”と定義するならば、彼は極めて誠実な人物だ。ダブやポストパンクを含有しながらフロアを離れ、どのジャンルにも属さない『Chameleon』こそ“炭鉱のカナリア”になりうる傑作だろう。


23. 『Night Creature』 by Maya Jane Coles


Maya Jane Colesのディスコグラフィーを眺め、LP単位で考えると、恐らく最もフロアライクなアルバムが『Night Creature』だ。日本的な意匠(映画『キル・ビル』をモチーフにしたMVも含む)を積極的に採用したのも今回が初めてだろう。前者はパンデミックが、後者は(日本人である)母の死が影響している。本作においては、閉鎖が相次ぐフロアへの憧憬が4つ打ちに具体化され、もはや生活の中で使われることがなくなった日本語に対する寂寥がビジュアル表現やデザインとして表現された。どちらもネガティブな出来事を基にしたエネルギーだが、彼女は情念溢れるダンスミュージックに結実させたのである。


24. 『Tayutau』 by Prettybwoy


非日本語圏に「Tayutau / 揺蕩う(たゆたう)」という言葉が何らかの形で伝わっていれば、恐らく今日において最も使われる単語になっていただろう。感情や価値基準が忙しなく移ろう現在、我々の心はその状況に疲弊しがちである。しかもパンデミック以降は、その移ろいが国を超えて起きていた。国ごとの感染状況に一喜一憂し、それが政治思想にまで発展し、インターネットは罵詈雑言であふれかえっている。プレスリリースによると、本作は「孤独、失業、ハードディスクの焼失に直面しながら制作された」と書かれているが、その個人的な経験が社会をも映し出しているように思われる。そこはかとなく怒りが漂う「Island」は、そのタイトルからしてシニカルなニュアンスを感じ取れる。


25. 『Sometimes I Might Be Introvert』 by Little Simz


音楽シーン全体に漂う「内省」の空気感を決定付けたのは、この『Sometimes I Might Be Introvert』だったように感じる。この記事を書いている最中にも、本作を評価する声は鳴りやまない。例えば現地時間の12月18日、「ブリット・アワード2022」のノミネーションが発表され、本作が「Album of The Year」、「Artist of The Year」、「Best New Artist」、「Best Hip Hop/Grime/Rap Act」にノミネートされた。4部門で名前が挙がるのはアデル、エド・シーランらと並んで最多である。怒りや不安と共にUKで今を生きる黒人女性として、社会の矢面に立って生きてきたことによる恐怖やフラストレーションを抱えるセレブとして、本作にはその二面性がある。多くの人が本作を支持している事実からも、やはりこのアルバムはこの時代の最重要作であり、リアルなのではないだろうか。


26. 『Rain’s Break』by Lucy Gooch


アンビエントの空気感をまとった、ドリームポップ。旧約聖書の世界観を下敷きに、Kate BushやCocteau Twinsを彷彿とさせるヴォーカルワークを実践した前作『Rushing』をさらに先鋭化させ、本作『Rain’s Break』は神秘的な趣のある内容に仕上がった。自ら制約を求めるアーティストは多いが、Lucy Goochもまたリバーブとシンセサイザー、そして自身の声を駆使しながら、そのほかはほとんど楽器を使っていない。過度なテクスチャーをまとわずとも、ミニマルなプロダクションで荘厳な世界を実現できることを証明してみせた。


27. 『Second Line』by Dawn Richard


第93回アカデミー賞で作品賞を含む主要3部門でオスカーを獲得した『ノマドランド』を考えても、あのアメリカですら現行の資本主義に猜疑心があるようだ。音楽フェス「FYRE」の一件がエンタメ界を震撼させたように、昨今のセレブリティやブランディングのあり方にも抜本的な見直しが必要なのだろう。アメリカ南部の街・ニューオーリンズ出身のDawn Richardも、そんな社会に揉まれたひとりである。リアリティー番組「Making The Band(原題)」から誕生したR&Bグループ・Danity Kaneのメンバーとして2005年頃に台頭するものの、解散と再結成を繰り返し人間関係にも苛まれる。苛烈なアメリカのショービジネスから逃れ、彼女が本作で辿り着いたのは自身の故郷だった。前方に進むべき道が見えない時、原点に立ち返るのは人間の本質なのかもしれない。


28. 『Agor』 by Koreless


2000年代後半、ダブステップは“オルタナティブな音楽”だった。しかし多くの音楽ジャンルがそうであるように、ハイプな存在となった先に待っているのは形骸化であり、コミュニティの固定化である。今振り返ると、当時台頭したUKベースミュージック系のアーティストは外野から望まぬラベリングをされていたケースも多かったのではないだろうか。現在のPinchやScuba、Skreamらを見ていると、ダブステップを強固なアイデンティティとしていたプロデューサーはそう多くない印象を受ける。Korelessもまたしかり。彼が今年の7月にリリースした『Agor』に顕著で、実に様々なベクトルに音像が伸びている。「Joy Squad」のようなクラブトラックはあるが、本作はアンビエント、コンテンポラリー・クラシックをも内包している。そしてFKA TwigsやJamie xxらが彼に信頼を寄せている事実も、何かを示唆しているように思われる。


29. 『Heartbeats』 by UNIIQU3


ジャージークラブの面白さを語る機会はパンデミックの前からあったが、現時点における極致はUNIIQU3やCookie Kawaiiによってもたらされている。彼女らの楽曲はこのジャンル独特のリズム感とBPMを担保しつつ、ポップミュージックとしても解釈されうるだろう。「Microdosing」に至っては、多くのハウスDJによってプレイされた。つまりその点では、往年のジャージークラブサウンドを踏襲しているとも言える。ヒップホップのスタイルのひとつとして確立された同ジャンルは、いつしかハウスを筆頭に様々なジャンルのDJにミックスされるようになった。しかし黎明期と大きく異なる点は、アイコニックなアーティストが女性であるところだ。


30. 『Pulse Of Defiance』 by Yoshinori Hayashi


89年~90年代初頭のUKレイヴカルチャーを代表するサウンド、“ブリープ”を重要なリファレンスとして制作された『Pulse Of Defiance』。Nightmares On Waxが語るように、当事者であるうちはその時が重要な時期であることに気付かない。そして得てしてそのような時期は“健康”なのである。社会から見捨てられているような気持ちになっても、仲間とパーティがあればどうにかなった。Yoshinori Hayashiは、その健全さに惹かれたのだった。そして彼もまた、当時のUKレイヴがそうであったように、シニカルかつユーモラスにブリープを鳴らしている。MVも含め、SNS以降の冷笑主義とは全く異なる形でオルタナティブを貫いてみせた。


31. 『still slipping vol. 1』 by Joy Orbison


本作のプレスリリースには、「僕(Joy Orbison)にとってこれはソウルのレコードだ」と書かれている。その定義は、サウンドプロダクションを示すものではなく、文字通り魂の音楽なのである。いや、サウンドプロダクションで考えても、優れた電子音楽からは偉大なソウルミュージックの影を感じられると。彼の場合、家族が重要なインスピレーションだった。幼い頃はMarvin GayeやStevie Wonderらのレコードに囲まれて過ごし、ジャングルにおけるレジェンド・Ray Keithを叔父に持ち、本作のジャケットに写っている従姉妹のリーアンからUKガラージを学んだ。『still slipping vol. 1』は限りなくパーソナルなアルバムだが、その背後には広義のダンスミュージックの壮大な歴史がある。


32. 『Cheetah Bend』by Jimmy Edgar


IDMやアンビエント、ダブステップにR&B、今日までに様々なビートミュージックを追求してきたJimmy Edgar。複数のプロジェクトで活動しており、多作家と言って差し支えないプロデューサーである。彼が2021年にリリースしたのは、“ヒップホップ”のアルバムだった。しかしそれは多くの人がイメージするそれではないかもしれない。ラッパーの24hrsやDanny Brownがフィーチャーされているものの、本作はメタリックな質感のビートを基軸にしている。音のニュアンスだけ聴くとヒップホップのルールから外れているように思われるが、リズムは確実にトラップのマナーである。そしてその意味でも、本作のハイライトは故・SOPHIEが参加した「METAL」だ。この曲を聴くたびに、不世出な才能を改めて感じる。


33. 『On the Edge』 by MMM (Errorsmith & Fiedel)


制約を自ら求めていたのかは不明だが、『Rain’s Break』と同じく極端に音数に限りがある。ドイツのマエストロ・ErrorsmithとFiedelによるデュオは、90年代から実験的かつ挑戦的な姿勢を示してきた。これまでにも、意図を探りたくなるような楽曲を数多くリリースしている。本作も例外ではなく、タイトルトラックとなった「On the Edge」は、何も考えずに聴くと味気ないサウンドに感じられる。イーブンキック、ドローン、スネア、クラップが規則的に並べられているだけのトラックなのだ。比較的陽気な「Where To Go」ですらミニマルハウスである。この楽曲では小津安二郎監督の『晩春』がサンプリングされており、真意はともかくかの巨匠もミニマルで構成主義的な画作りを志向していた。その点においても、本作の“制約”には計画性があったように感じる。長回し的EP。


34. 『SOURCE ⧺ WE MOVE』 by Nubya Garcia


『Delta』に並ぶ、今年最高のリミックス・アルバム。アシッドジャズ以降、UKではジャズとダンスミュージックが相互にエッセンスを交換し合っている。本作の「Pace」のリミックスで参加したMoses Boyd、あるいは「Together Is A Beautiful Place To Be」のリミックスを手掛けたNala Sinephroがそうであるように、近年では新世代のジャズアーティストによるダンスミュージックの再解釈が進んでいる。作品を共有し合い、様々な紆余曲折を経て音楽が洗練されてゆく様は壮観だ。本作は、オリジナル版の要素にあったダンスミュージックの要素を、さらに拡張するような内容に仕上がっている。“UKジャズ”の懐の深さ、そして幅の広さを知るには十分なアルバムだろう。


35. 『Signals In My Head』 by DJ Manny


ジューク/フットワーク界隈は間欠的に盛り上がりを見せるが、今年はここ数年間のうちで比較しても突出して同ジャンルのクオリティが際立っていた。最大拠点のひとつ〈Planet Mu〉が昨年末にリリースしたコンピアルバム『PlanetMµ25』は、比較的フレッシュなラインナップで固められており、ジャンルもフットワークに限らずグライムやIDMまで幅広くコンパイルされていた。その流れで今年の同レーベルはレフトフィールドな作品をジャンルレスに展開してゆくのかと思いきや、DJ Manny、Jana Rush、RP Booによるフットワークアルバムを立て続けにリリースしてきた。本稿では『Signals In My Head』のみを取り上げているが、三作すべて素晴らしかった。いずれも、これまでのフットワークを踏襲しながら、教科書的なサウンドプロダクションとは一線を画している。


36. 『YASURAGILAND』 by 食品まつり a.k.a foodman


ジューク/フットワークを重要なリファレンスとし、国内外から喝さいを浴び続ける“食品まつり a.k.a foodman”。彼は一貫して「日常」をドラスティックに覆すような作品をリリースしてきた。本作は〈Hyperdub〉からリリースされているが、重要なレーベルから発表された事実よりも、前提である「日常」が揺らいでいる今、彼がどのようにそこへアプローチするのかが気になっていた。本作で彼がフォーカスしたのは“道の駅”である。地方都市におけるイオンと銭湯、フードコートといった原風景が描かれた。エンターテイメントを生業とする人々の日常が転換期を迎える中、本作ではある種の普遍性が強調されているように思う。それはもちろんSNSの喧騒ではなく、バズワードが飛び交うメタヴァースでもなく、道の駅の日常。今日もアジフライは旨い。


37. 『Almas Conectadas』 by Quantic & Nidia Gongora


“Quantic & Nidia Gongora”の共同名義としては『Curao』(2017年)に続いて二作目だ。今や多くの人が文字情報でしか海外を追えない状況にあるが、このアルバムには大いに想像力をかき立てられた。UKのエレクトロニック・ミュージック界における鬼才・Quanticと、コロンビアの小都市ティンビキ出身のシンガー・Nidia Góngoraの安定のタッグ。前作『Curao』はよりフロアに意識が向けられていたのに対し、本作『Almas Conectadas』はコロンビアの伝統音楽であるクルラオやアフロ・コロンビアンのエッセンスを吸い込み、Joy Orbisonの言葉を借りれば“ソウルアルバム”の趣がある。遠い海の向こう、歴史に裏打ちされたロマンに思いをはせる。


38. 『Quivering In Time』 by Eris Drew


Octo OctaとのスプリットEP『Devotion』(2018年)を除けば、つまりEris Drewの単独名義としては初のEPだ。わずか3年ほどの間に驚異的なスピードで作曲能力を上げた彼女は、自身のDJセットをそのまま反映させたような音源を完成させた。タイトなキックだけでなく、ブレイクビーツやアシッドサウンドも随所で使われている。「Ride Free」では、幻覚剤を研究していた植物学者・Terence McKennaの声がサンプリングされており、ひたすら純粋にオールドスクールなクラブトラックを志向していたことが窺える。フロアが閉鎖されていながら、やりたいことが限りなくはっきりしていたEPと言えるだろう。


39. 『Promises』 by Floating Points, Pharoah Sanders & The London Symphony Orchestra


「Floating Pointsの新譜がヤバい」とFour TetがTwitterでつぶやいていたのが、今年の2月頃のことだった。3月にアルバムがリリースされると、The Bugらも「The Album of The Day」と反応し、界隈が徐々にざわめき始めたのを覚えている。UKエレクトロニック・ミュージック屈指の天才・Floating Pointsと、フリージャズの伝説的サックスプレイヤー・Pharoah Sandersが、イギリスの名門オーケストラ「ロンドン交響楽団」と手を組んだ。そして生まれた、9楽章からなる壮大な音のストーリー。これはもはや映画の域である。寄せては返す音の波と、静かに展開されるプロダクション。楽器の軋みすらも趣深く聴こえ、映像がなくとも物語を想起しうるような凄まじい作品だ。


40. 『The Long and Short of It』 by quickly, quickly


聞くところによると、Lo-Fiヒップホップのビートを作るのは技術的な難易度は高くないという。それは主に作業用BGMなどに使われるもののことで、もちろん例外はある。例えばquickly, quicklyの諸作品はニュアンスとしてはLo-Fiを踏襲しているが、彼の場合すべての楽器を自分ひとりで担当している。J DillaやMadlibに憧れる、生粋のビートメイカーだったのだ。しかし彼はインタビューで度々「Lo-Fiビートから離れようとした」と語っている。飽和状態にあるLo-Fiビートに対するリアクションだろうが、それでも彼はそれを捨てきれなかった。そういった葛藤の末に作られたアルバムの後半では、自身の身体に関する不調が歌われている。すなわち本作においては、音楽家としての葛藤と人間としての苦悩が共鳴しているのだ。


41. 『Space 1.8』 by Nala Sinephro


Nubya Garciaらのサポートのもと、今年のUKジャズシーンにおいて最もセンセーショナルに台頭したのはNala Sinephroだろう。〈Warp Records〉からデビューしたハープ奏者兼モジュラーシンセシストは、人の内側に広がる宇宙にフォーカスした。『Promises』が外宇宙的ならば、本作は内宇宙的と言える。アンビエントミュージックとスピリチュアルジャズを融合させ、空間的な音を体系化してゆく。そして17分を超えるクロージングトラック「Space 8」において、広がり続けていた世界はいったん完成する。その時に、我々のインナースペースに広がる本質的な豊かさに気付くはずだ。


42. 『Sound Ancestors』 by Madlib


Madlibがプロデュースし、Four Tetがエディットとアレンジ、マスタリングを担当した。圧倒的なアーカイビストの知識量を、圧倒的な技術を持つプロデューサーが紐解いてゆく。「Duumbiyay」ではSix Boys in Troubleの「Zum, Zum」(1959年)、「One for Quartabê / Right Now」ではQuartabêの「Lembre-Se」(2017年)がサンプリングされ、最高の素材が志向へとたどり着く様を本作では確認できる。本作がリリースされたのは今年の2月だが、聴く度に新たな発見がある。途方もない時間の流れとジャンルの多様性が、2人の天才によって新たな境地に達した。


43. 『99%』 by Pixelord


アートワークが示す通り、ロシアの鬼才・Pixelordの『99%』はサイバーパンクな作品である。往々にして彼の著作はSci-fiなニュアンスを孕んでいるが、前作『Let’s Collapse』で描かれていたのはCOVID-19以降のディストピアだった。その後に作られた本作では、暗黒世界からやや距離を置いている。遠い昔、ほとんど無法地帯だったインターネットから何かをダウンロードするとき、最後の“1%”で断念した経験はないだろうか。それが違法か合法かはさておき、何かしらのコンテンツをネットで入手しようと試みる行為。プログレスバーがノロノロと進捗を伝えていたあの時代に、Pixelordは立ち返った。トランスあり、ブレイクスあり、Aphex Twinありの、ノスタルジックな1%を求めた53分。


44. 『Reflection』 by Loraine James


クラブの空気感をまとったベッドルームミュージックは、これまで何度も登場している。Aphex TwinやJames Blakeがそうであるように、鬱屈や孤独(それだけではないだろうが)を代弁するようなエレクトロニック・ミュージックが度々現れる。しかし、それら孤独を伴った“ベッドルーム”はこれまで相対的な空間だった。世界中の人々がいっせいに部屋にいることを強制(あるいは推奨)される状況はなかったことを考えると、あらゆるバックグラウンドを持った人がベッドルームに押し込まれたことになる。本作は、そんな“絶対的ベッドルーム”で鳴る、すべての人に開かれたダンスミュージックだ。


45. 『Tewari』 by Scotch Egg


SeefeelやWaqWaq Kingdomの一員として活躍し、個人名義でもあまたの共作を世に放っているDJ Scotch Egg(Scotch Rolex)だからこそ成しえたアルバム。今やアフリカからインスピレーションを受けて制作されたサウンドはメインストリームでも鳴っているが、“外様がメインプロデューサーを務めた作品”という意味で、本作『Tewari』はひとつの到達点ではないだろうか。全編通してアフリカ(とりわけウガンダ)の空気感をめいっぱい吸い込みながら、インダストリアルなハウスを鳴らす「Cheza」、シルキーかつ緊張感に溢れたトラップチューン「Omuzira」、オリエンタルなバイブスを詰め込んだ「Afro Samurai」など、唯一無二のサウンドが耳を引く。さすがは百戦錬磨のコラボレーターにして、「エクレクティック」の真の体現者。


46. 『Harlecore』 by Danny L Harle


メタバースやバーチャルリアリティが喧伝される前から、PC Musicの関係者はそこにいた。それぞれがオンラインを通じて知り合い、2010年代屈指のインディーレーベルに成長。Danny L Harleもまた、インターネットを介したポップカルチャーに大きな影響を与え続けている。アルバム『Hallecore』のリリースに伴い、彼は24時間365日稼働するバーチャルクラブ「Club Harlecore」をオープンさせた。同ベニューにはDJ Danny、MC Boing、DJ Mayhem、DJ Oceanといった4名のレジデントDJがおり、それぞれのフロアでハードコアやガバ、高速ラップなどを披露している。そういった世界観をアルバムで表現したのが『Hallecore』だが、一連のプロジェクトで表現されているのは決して“クラブの代替品”ではない。それそのものが全く新しい体験であり、PC Musicのこれまでの足跡を考えると正当な文脈の上にある。


47. 『Lucid Dreaming』 by Maika Loubte


AAAMYYYやRyan Hemsworthを迎えて制作された、文字通り“明晰夢(自分で夢であると自覚しながら見ている夢のこと)”がテーマのアルバム。ドラムンベースを下敷きにした「It’s So Natural」、インディーR&B的質感の「System」など、フロアに近くで鳴るサウンドが散見される。思えばクラブでの体験は明晰夢のようだ。見たくないメールも、終えられなかった仕事も、ひとまずは忘れられる場所。この時間ができるだけ長く続いてほしいと考えながら、それが永遠でないことを知っている。本作は映画の『マルホランド・ドライブ』のような破片がバラバラのまま終結するアルバムではなく、抽象的だがはっきりと結実する。一見矛盾するような表現だが、具体的に想像することは可能だ。朝方5時きっかりに終わるパーティなど存在しないように。


48. 『Fire』 by The Bug


ポップカルチャーを描きながら、その延長線上にあるポリティカルな問題を浮き彫りにする。…という構造は、アーヴィン・ウェルシュの作品に度々見られる。それとほとんど同じ方法論で制作されたのが、The Bugの『Fire』だ。とは言え、本作は『トレインスポッティング』ほど構造的(イングランド対その他のような)でないし、『フィルス』ほど露悪的でない。インダストリアルなダンスホールに乗せて描かれているのは、現在の英国の惨状だ。クロージング・トラック「The Missing」は、低所得者層向けの公営住宅「グレンフェル・タワー」で起きた火災事件がモチーフになっている。この火災によって少なくとも80人が犠牲になり、イギリスの格差社会が浮き彫りになった。なおこの事件は2017年に起きており、昨今のパンデミックは全く関係ない。本作ではコロナ禍における闇も克明に描かれているが、いずれも新たなに誕生したものではない。ウイルスはただの引き金でしかなかったのだ。


49. 『Wanton Witch』 by Wanton Witch


マレーシア出身にして現在はタイのバンコクに拠点を置く、ミュージシャン/プロデューサーのWanton Witch。バンコクのナイトシーンでは、クィアのアンダーグラウンドクリエイティブ集団「Non Non Non」の共同設立者としての顔を持ち、異彩を放っている。2020年、ベルリンのプロデューサー・Lucyが主宰するレーベル〈Stroboscopic Artefacts〉は休止状態だったが、その沈黙を破ったのが本作だ。ハードコアかつレイヴィーなニュアンスであるが、エクペリメンタルな質感も同時に持つ。インターネットが重要な媒体である点においてはPC Musicに通ずるが、こちらはよりアウトサイダーとしての個性が強い。


50. 『Nurture』 by Porter Robinson


2010年代の中ごろ、「ポストEDM」や「脱・EDM」といったフレーズを用いてトゥーマッチな現象化した“EDM”から離れようとする動きがあった。しかしその時期より前の2014年に、Porter Robinsonは『Worlds』をリリースしている。本作に収録されている「Sad Machine」は当時流行っていたBPM127前後の曲に比べるとややスローだし、「Sea of Voices」はスペースオペラ的なドリームポップだ。そう考えると、彼は“EDM”にカテゴライズされるべきではなかったように思われる。『Nurture』では高木正勝やSerphらが重要なリファレンスとして挙げられているが、こういった静謐なニュアンスからダイナミックに展開してゆく方が本来は得意なのだろう。『Worlds』の時点でその片鱗はあった。


Text_Yuki Kawasaki

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でMixmag Japanをフォローしよう!