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SPECIAL

okadada – Epoch Making -【Interview】 Part.1

新時代を己で切り開くDJ、okadada に聞く2010年~2020年

Mixmag Japan | 6 February 2020

2010年代が終わり、2020年代が始まった。日本は令和2年目、そして東京オリンピックも始まる。世の中もだけど、音楽シーンもいろいろと変化するのではないだろうか。実に楽しみな2020年だけど、DJの人たちはこの時代どう感じ、過ごしているのか。
そこで2019年の日本のダンスミュージック・シーンに爪痕を残したDJの方々に、さまざまな角度から聞いてみた。2019年のMVP的DJと言えば、どのパーティやイベントにもフィットし、実にさまざまな引き出しを見せてくれたokadadaではないだろうか。この先もまったく目が離せない、1986年生まれの革新的DJが今思うこととは。2020年までの流れ、DJプレイや音楽に関すること、……いろいろな方向へ向かったロングインタビューになるけれど、okadadaの魅力を是非感じてみて欲しい。

「2019年の対外的なことは、
もう人に任せようと思ったんです」

— 2019年は大活躍の年だったと思います。1年を通じてどうでしたか?

okadada ペースは、いつもと変わっていないんですよ。ずっとこんな感じやなと思って。2018年が終わるときに友達と、「来年どうする?」みたいなことを話したんですけど、自分はそれまでの3年くらい(2015年~2018年)は修行というか、自分の中で課しているものがあったんです。極端なものじゃなくて長いスパンで聴くハウスとか、ここで上手くなりたいと思って。大阪の「STOMP」でロングセットでやりながら、前よりももっと音質とか細かい要素をコントロールすることにフォーカスしたりしてたんですけど、2019年はその延長だった感じがします。

— 2015年の前は、どんな状況だったのですか?

okadada 2000年後半から2014年くらいは、良くも悪くも自分にとっては自由な時代でした。クラブでDJをする上で、自分たちが育った音楽をどうやったら正直に持ってくることができるのか、とかはひとつ考えてましたね。少なくとも自分は、ダンスミュージックや海外の音楽とかよりも、物心ついたときはJ-POPとかを聴いて育っているんで、そこに何か見逃せへん本質があるはずや、と思ってました。2010年代前半は、絶対クラブではご法度だったようなアニメの自分の好きな曲とかをかけたりして、そうやって自分たちの伝統みたいなものを捉えようとしてやっていたかも。もちろん普通に好きだからかけてるっていうのは前提でしたけど。あと2010年代は、音的にはサブベースの時代だったと思うんです。その頃、大阪で「INNIT」というイベントをやっていたんですけど、それはテクノを作ってた人とかエレクトロニカを作っていた人、ポップスを作ってた人、踊りに行く人とそうじゃない人……ようするに異なる出自の人たちが、LAビートやジュークなんかのベースサウンドに興味を持って、音響系の人がトラップを作り出したりみたいなバグが起きたことがあったんですよ。そのサブベースをどう処理するか、というひとつの指針の元に集まっていろいろ試せたタイミングがあって、そこに人が集まっている感じがすごく楽しくて、自分も全体的にそういう場に興味がありました。なんですけど2015年くらいに、ここにずっといたらつまらなくなるからと、一旦締めて、各々のルーツにその経験を持って戻ろうという雰囲気になったように感じまして。そのときに俺は、改めて自分のDJの腕をもっと根本的に底上げしないといけないなと思ったんです。それが2018年末に「UNIT」で1人でオープンラストのDJをやったときに(2018年9月29日に開催された「UNIT 14th Anniversary okadada – Open to Last -」)、一応ひとつ区切りついたというか。そこから4つ打ちの中での機微を頑張ってみようと思うようになったんです。極端に変になるのではなく、もっと流れの中の印象でそれをやれないかなっていうのが、2018年までですね。

— そこからの流れの、2019年だったんですね。

okadada それで2019年がどうだったかというと、人に任せた年というか。その前の数年で「AT THE CORNER」や「AUDIO TWO」などのイベントに、運営側として関わっていくことで、毎年何かしら始まっている感じではあったんです。それが「UNIT」でのロングセットが終わって一息ついたとき、「たぶんこの結果が、周りから見えてくるかもな」と思って、2019年の対外的なことは、もう人に任せようと思ったんです。任せようっていうか、自分は考えないっていうか。今年はフジロックとかBOILER ROOMとか、大きな規模の場所から誘って頂けたわけですけど、それはそれまで俺がやってきたことの結果なのかなって。周りも、「そろそろこの人にお任せしてもいいでしょう」って感じだったと思うんです。それがある種の人に、対外的にはめちゃ飛躍しているように見えたんではないかと。
「UKテクノにすごく入り込んで聴けるようになりました。
というのも、ボトムが一番大事ではない音楽が好きになったというか」

okadada

― DJのスキルを上げるところでは、どのような箇所にフォーカスを置かれていましたか?

okadada 選曲は前提として音量とか、音質コントロールですね。2015年くらいにmoodmanさんと、大阪のクラブ「STOMP」の周年で初めて一緒になったことがあったんですけど、そのときにようやく、なぜmoodmanさんがすごいのかが自分なりにわかったんです。かける曲の帯域が全然変わらない、まったくずれることなく常に同じところを刺激してくるみたいなすごさ。曲を理解する上、解像度の違いのようなものをすごく感じて、自分も自分なりに、そこに対する解像度をもっと上げていきたいと思ったんです。

— 音域と音質で曲をセレクトしていく。フロアで踊っている方ははまりそうですね。

okadada 知っている曲がかかると嬉しいって、自然な反応だと思うんですけど、だからこそそれを知らない風にかけるみたいのが楽しくて。それが2016年くらいに自分的な限界というか、どうやっても上手くかけれなくなっていたんです。そんなときにあらためてミックスが上手いというか端整な人のDJをずっと聴いてて、「俺はこれまでカンでぐちゃぐちゃにしていたんだな」ってことを改めて気が付いて。ダンスミュージックの身体に作用する部位を考えたとき、足にくる音とか、腹とか腰とか、もっと部位で言ったら太腿だなとか、音によってあるじゃないですか。例えばそれを足から順番に上にしていくと、僕はテンションが上がるんですよ。こういうのをもっとうまくできる人が、ひとつめちゃ上手い人の特徴だと思うんですけど、それを俺はできていなかったというか、カンでやってた。いきなりガクっと下げて意表をつくこととかホント面白いんですけど、それも結局ずっとやっていたら人は飽きるから。極端じゃない方が飽きにくい。

― 修行を経た後の、人に任せた1年を終えてみてどうでしたか? 昨年は新しい音には出会ったりしましたか?

okadada 2019年は、みんなのおかげでいろいろ助かった、みたいな。いろいろやれたし、少し楽でした。音楽的にはレイヴ・リバイバルみたいものを3年くらい前からなんとなく遠くに感じでいたんですけど、UKテクノにすごく入り込んで聴けるようになりました。というのも、ボトムが一番大事ではない音楽が好きになったというか。2019年は〈R&S Records〉とか〈WARP〉などの初期カタログを良く聴いていましたね。あとCylobの初期の音源、もちろん2000年代の音源が妙に気になったんですけど、CylobがKinesthesia(キネスツェシア)と言う変名で出しているアンビエントぽい感じのものを年始くらいに聴いてて、今新譜で出ていてもおかしくないような雰囲気を感じたんですよね。それでCylobの昔の作品音源を、昨年はよく聴いてました。

― UKのサウンドを改めて面白いなと思ったんですね。

okadada 自分はアメリカぽいものがもともと趣味でも好きなんですけど、周りの友達がUK音楽に影響を受けてきた人の方が多かったこともあって、ようやくUKものが自分に馴染んできた感じがします。ダブステップも〈Deep Medi〉とか、2010年前のディープ・ダブステップとかを思い出して聴き直しているし、〈Livity Sound〉がやっていたウエイトレス・グライムとかも、3年くらいかけてようやくその感覚がわかってきたというか。前は自分はどうしてもベースにフォーカスしてたので「ウェイトレス(軽い)」って言われている意味をちゃんと理解してなかったんですけど、上の音にフォーカスできるようになってから、すごく解像度が上がってそれを聴くのが楽しくなりました。Aspara君が、ハードハウスの低音の強い部分ではなく、上澄みの音にフォーカスをしてDJでかけることをしているんですけど、グライムも上でとって、2ステップ的な感じにしたらウエイトレス・グライムなんだなと。それで「ダブステップって上でとったら、それこそソカですからね」みたいな話を友達のAndrewとかとして、ああいうのをソカ的にかけられるのかと。2019年の後半って、ガラージっていいよねという流れもありましたよね。テクノをかけている中に、UKガラージやダーク・ガラージをかけてシャッフルするというのは結構聴きました。っていうのは、全部俺なりの目線ですけど(笑)。

流行りというよりは「ムード」って言葉くらいがちょうどいい

― 今やダンスミュージックもこれだけ世界中に広がり、新旧問わずいろいろ混じり合っていますが、曲を聴くときどこを中心に聴いていますか?

okadada 基本、新譜優先ですね。古い音楽を新鮮に聴くには、新譜を聴くしかないと昔から思ってたんですけど、30歳を過ぎてから余計に感じています。旧譜が面白く聴けるようになるっていう現象は、自分とそれに作用する社会側の見方が変わったから新鮮になったと思うんですよ。ずっと同じ音楽を同じように聴いてるとメガネが曇ってくるというか、だから自分もそれに合わせて、メガネを拭き直すみたいに新譜を聴く。そういう習慣を常にやっておくと、何故今このタイミングで、この時代のこれを聴くのがいいのかってことがわかってきて楽しめる。それって社会のあり方や、経済も関わってきますしね。人って自分の好きなもの聴いていると思っても、その自分が成り立っているのはそもそも環境の要請が多分に入ってるんじゃないかと。自分は、日本のこの時代に生まれて、滋賀県の田舎でこういう親の元で育って、友達がいて、だからこの音にぐっとくるんだとか、そういうことに影響を受けた自由意志の中で、自分の趣向は成り立っているんじゃないかと思ってて。だから社会を知ることは大事だし、流行りというよりは「ムード」って言葉くらいがちょうどいいかなと思います。雰囲気ってことですよね。それって先を行く人ほど、それを纏っているように思います。

― 社会の動きと音楽にはリンクしてるということでもありますね。ところで、日本は2020年にオリンピックが開催されますが、okadadaさん自身、2020年はどういう感じになっていくと思いますか?

okadada オリンピックは、どうなんだろうな。少なくとも、俺にとって良いことはあまりないんじゃないかな?って思ってますけど。終わったあとに、必ずいろいろと変わると思うんですよ。サッと過ぎ去って、また次の荒野がやってくるみたいな。その方が自分的にはやりがいがあるんですけどね。終わってからでないと見えないことが多いと思うんですけど。どうなんでしょうね、2020年は。今のタイミングでは自分のこともあまり見えないですね。

― 2018年は、2019年の自分の感じが見えたようでしたが、2020年は見えない感じですか。DJ的には、こういうことをしてみたいなとかはないですか?

okadada 2018年は、2019年はもう任せようとなんとなく思ったんですけどね。今はあまり考えられてないかもしれないです。とりあえず現状は、UKのテクノをヒップホップ的にかけられるんじゃないかとか、 ダブステップをもっとアッパーなソカのりでかけられるんじゃないかとか、そういう即物的なアイデアとしてやってみたいことは言えるけど、それ以外の音楽的に実現してみたいことは、まだ言語化できるほどの感じでもないですね。なんとなくもっと曖昧な雰囲気をまた別の形で実現させたいみたいのはあるんですけど。
Part2.に続く

 

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