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SPECIAL

The Culture Clash – シカゴ生まれのゲットー・ハウスを生き証人たちが語る。DJ DEEON & DJ FUNK【インタビュー】

シカゴの”ローエンド”から生まれたゲットー・ハウスを生き証人が語る。

Mixmag Japan | 6 March 2020

シカゴのローエンドからベースを放つ。

1980年代半ばにスタートして以来、数々の名作をリリースしてきたシカゴ発レコードレーベル〈Dance Mania〉。Lil Lousや、Marshall Jefersonなどによる80年代後半の初期ハウスから、DJ Rush、Robert ArmaniによるBPM早めのハード目なハウスまで、数々の伝説のトラックを生み出してきた。その中でもとりわけレーベルの顔となったサウンドが、シカゴゲットー・ハウス。シカゴのゲットー地区、サウスサイドで生まれた、ベース音の効いたストリート感溢れる4つ打ちは、常に進化し続け、現在も世界中のDJを虜にしている。そのシカゴ・ゲットーを築き上げてきた中心にいたのが、DJ Deeonと、DJ FUNKだ。少し前になるが、日本へ<Dance Mania Japan Tour>で来日を果たした2人に、DJ Fulltonoを交え、話をシカゴゲットー・ハウスについて話を聞いてみた。


—今日聞きたいことは「シカゴゲットーってどんなものなの?」ということなんですけど、10分で終わらせられますかね。



FUNK:ああ……だけど、10分が限界なんだよな(ブツブツ)。


―今、日本でも今だに人気なんですよ!



FUNK:ふう~……。 インタビューには10分しか答えないって決めているのだ。



―サウスサイドはどんな感じだったのでしょうか。


FUNK:あの頃のダウンタウンでは……いろいろなことがあったねえ(笑)。俺たちは、同じ時期にスタートして、それぞれが生み出していたよね。皆すごく情熱があって、他とは違うことをやろうとしていた。それが30年以上経った今も各々の方向へ向かいながら、未だに皆やっているって感じさ。もちろん情熱は消えていないし、いつでも準備はできている。いろいろ言いたいことはあるけど、何が言いたいかって、シャッタ・ファック・アップ、ファックてなもんさ。 今、こうやって遠いアジアへ来ることができて、素晴らしいスタッフに囲まれている。世界中にインスピレーションを与えてきたことの結果ということだ。おい! ディーナ(シカゴから一緒にやってきた、2人の10代からの地元の友人)、何が起きていたんだ!? なぜお前はそんなにクレイジーなんだ!



―すでに、あなた(DJ FUNK)がクレイジーですよ!



FUNK:だいたいさ……知っているか? 俺たちがいつもアジア人になりたかったことを。昔、Wu-Tan Clanがカンフーの写真を使っているのを見て「Oh Men!」って叫んだからね。だから、こうやってアジアに来れて、とにかく嬉しいんだよ。みんなで写真撮ろうぜ! 俺たちはファミリーだ。

―皆さんは、どこで知り合ったんですか? 今、おいくつでいらっしゃるのでしょうか。

FUNK:それは教えられねえ。秘密なんだよ、秘密……。つーか、まだそんな年くっちゃねえぜ……そんなにね、俺たちは(笑)。HEY HEY! カメラマン! こっちも撮ってくれよ。で、君はいくつだい。

―え~と……。

FUNK:まあ、25歳くらいってことにしておこう(笑)。

―というのは、80年代後半に入り、ニューヨークではヒップホップやハウスミュージックがさらに盛んになってくるじゃないですか。同時に、イギリスのブリストルなんかではサウンドシステムを主体としたストリートなブリストル・サウンドが登場して。で、シカゴでは独自の4つ打ちゲットーサウンドが誕生したと思うんですよ。しかもBPMがめちゃ早い。なんでそうなったのかなと。

FUNK:何故なら、THAT’S MAKES ME HOT……そのサウンドが熱い気持ちにさせてくれたからなんだよ。

―それって、マイアミだと2 Live Crewみたいなものですか?

FUNK:君は2 Live Crewを知っているのか! 気持ちは似ているかもしれないな。

―あのベースサウンドが好きなもので! イケイケなアプローチも好きです。

FUNK:パーティ始めちゃおうぜ~って感じだろ。女ってのは、やっぱりさ……っていう話はやめておこう(笑)。もう、シリアスな質問はやめようぜ。だいたい君は、シリアスな質問ばかりしようとして、ごまかそうとしている(笑)。俺に質問してるんだぜ。

―シカゴゲットーでも、女の子たちはベースに反応してお尻を振っていたんですか? マイアミベースのように。

FUNK:なんだ、その質問は! お尻の振りは、ベッドの上で旦那のためにとっておいた方がいいぞ。 SHAKE THAT! SHAKE THAT! 今からふってみるか? それとも旦那のためにとっておくか !? ARE YOU READY!? LET’S GO!
―はっはっはっ。あの……Deeonさんも同じシカゴゲットーですが、異なる側面をお持ちですよね。

FUNK:話を変えやがった! わかってるよ、 彼(Deeon)は俺のボーイだから、許す。質問をしてやってくれ。

―どのように当時、DJやサウンドプロデュースのスキルをあげていったのですか?

Deeon:(80年代後半は)クラフトワークと、イタロ・ハウスを同時に好きになったんだよ。イタリアン・ハウスミュージック初期の頃の。あとは、ハウス・ミュージック。ニューヨーク・ハウスとイタロ・ハウス、それにクラフトワーク。イタロは、Farley Jackmaster Funk、CASSIUS、Junior Boys OwnのTerry Farley(& Pete Heller?)、それらの4つ打ちから影響を受けて、それをラジオで聴いて、レコードストアへレコードを買いに戻るみたいな。そこにクラフトワークや、ダフト・パンクの影響もあったりして。それらが混じった感じなのが、自分だね。まあハウス全般が好きだったんだけど、そもそもシカゴの人たちがハウスを生んでいるんだから、シカゴ育ちの俺も作ることができるんじゃないかなと思ったんだ。

友人:クラフトワークってところ、そこが重要。

FUNK:まったくなんて謙虚なんだよ、Deeonは。そのクリエイティヴな口ぶりをやめてもらいたいね(笑)。ともかく90年代にシカゴでいろいろなことが始まったとき、Deeonはジャンル関係なくいろいろクリエイティヴなことをしていたんだ。だけど、誰もついてくるヤツはいなかった。ゲットーハウスやジュークなるものが出てきたとき、Deeonもフットワークのためのジュークを作っていたんだよ。ARE YOU READY FOR TONIGHT? ジュークはこれからだぜ! 今晩は、一発かますからな! 見てみろよ、このゴールドを(口を開けてグリルを見せる)。

―ブリンブリンを持っていなくてごめんさい……。

FUNK:なんだけどな、俺たちは基本的にはつつましい(謙虚)。そうであることを幸せなことだと思っているんだ。だからこうやって皆とベストフレンズでいられる。

―ファミリーということですね。

FUNK:そういうことだ。
―Fulltonoさん、何かお聞きしたいことはありますか?

Fulltono:勢いがありすぎて、話の流れについていけないです(笑)。

FUNK:ときどき俺はトゥーマッチになるけど、普段はそうでもないし、みんなもそうでもない。

友人:これがいつもの俺たちなんだよ。これがオリジナルで、こういう感じですべてが始まったんだ。すべてロー(LOW=低い)な部分からね。そのローな部分で音楽でもやり始めたんだ。すべてロー・マテリアル。もうひとつ大切なことは、シカゴゲットーやジュークとともに、グラフィティも同時に関わりがあって、それも大切な要素のひとつだ。シカゴのグラフティシーンは、ニューヨークのスタイルに影響を受けていたんだよ。

―シカゴゲットーにも、グラフィティは関係していたんですね。ギャングスタ的な要素は、シカゴゲットーにはあったんですか?

友人:こういった音楽は、世界中どこを見てもギャングスタとの関わり合いはあるのではないかな。

―80年代後半から今にかけて、サウンドはどのように変化していると思いますか? 機材もどんどん進化しているではないですか。

FUNK:Ohhh Shit!!!!

Deeon:808や909は、 今も場面によって使用しているよ。808、909はストレートにローを出すことができるし、それを今でもキープしているんだ。ローがでるのはベストサウンドだし、それとベースラインも自分たちの音には大切なサウンドなんだ。それがあるから、俺たちは今もやり続けていられる。

FUNK:忘れちゃいけないのは、ローなサウンドはベースからきているということだ。そのベースというのは、ベースギターのことだよ。

Deeon:俺はベースギターを弾いていたんだよ。それとエレクトロニックミュージックを融合させたのが、俺なのかもしれない。

友人:俺たちは、そこにパッションを注ぎ込んで、自分たちのオリジナルを作り上げた。すべてはリミックスを重ねてユニークなものに。そうでないと同じものになってしまうからね。

―今回、大勢で日本へいらっしゃいましたが、皆さんはお互いのことを子供の頃から知ってるんですか?

Deeon:そうだよ。ガキの頃に知り合っているから、出会って40年くらいかな。

FUNK:そうなんだよ! まったくだぜ! ニガ!

―今でもこうやって一緒にいるって良いですね。今回は〈DANCE MANIA〉のツアーでの来日ですが、レーベルとはどのような付き合いをしてきたんですか。

FUNK:Ohhh Shit! こういう話はガールフレンドにはするもんじゃないぜ(笑)……インタビューは1時間くらいかな? そろそろ、もう行こうぜ! 俺は行く!(部屋を退出)。

一同笑
―今はシカゴゲットーが生まれて、30年くらい経っているじゃないですか。どのように成長したと思いますか?

Deeon:いくつかの異なった方向へ進んでいったと思う。〈DANCE MANIA〉のRay Barneyは他のこともしているし、自分もかつてとは違うと思うしね。

―シカゴでは、若い世代のDJの人たちはシカゴゲットーをプレイしていますか?

Deeon:そうだね。まあまあかけているよ。

―ジュークはどうですか?

Deewon:そんなにかけていないかな。ジュークのクラウドや、フットワークのクラウドは、ハウス・ミュージックの現場とはまた違うんだよ。その中で俺は、自分の音楽をやっているだけという感じなんだけど。

Fulltono:Deeonは、何故「ローエンド・レジェンド」と言われているのでしょうか?

Deeon:「ローエンド」というのは、サウスサイドにある俺のネイバーフッドのことなんだ。47ストリート、55ストリート、59ストリート……このあたりがローワー、俺たちのネイバーなんだけども、いろいろな意味でLow=ローということでもある。リアルなゲットーで、クラップエリア。ベースもロー。そのエリアで俺は育って、DJをしてきて、そして今も30年近く住んでいる。だから「ローエンド・レジェンド」って俺のことをみな呼ぶんだ。ローワー、DJ Clentもそうだしね。

―アフリカン・バンバータがブロンクスに今も住んでいるのと一緒ですね。

Deeon:そういうことだ。DJ Clentしかり、そこで育って、そこをキープしている。ローエンド含むサウスサイドは、シカゴの中のカルチャーの一部分でもあるんだ。そこにいる人たちは、自分というものを持っている。

Fulltono:僕が知っている限り、Deeonが出てくる前は、ベースを効かせるハウスはシカゴにはなかった気がするんですよ。

Deeon:そうだね。俺はローワーな音を取り込んだからね。ベース音がないと、身体がソウルを感じない。ベースサウンドが一番、身体にソウルを感じさせてくれるんだよ。それと俺たちの音は、ローでバング・バングしている。そしてディープでダークでなんだ。

Fulltono:DJ Clentや、DJ Rashadもあなたに影響を受けたんですね。

Deeon:DJ Clentと、Rashadね。2人ともまだ子供だった頃に、俺のものが発売されると、テープとか買ってくれて、それで踊ってたんだ。ダンスグループなんかでね。Rashadは「House-O-Matic」っていうダンスグループのメンバーで、それから徐々にDJや楽曲制作、ドラムマシンの購入なんかに進んで行ったよ。RashadとDJ Clentはすごい仲が良かったんだ。このこと知らない人多いけど、2人はすごく仲良かったから、だからよくぶつかっていたよ。兄弟みたいにね。兄弟ってほら、喧嘩したり、議論したりするじゃない? DJ Clentがああだから尚更だよ(笑)。それと、RP Booも「Dance-O-Matic」でダンスしてた。RPに最初のドラムマシン、R70を売ったのも、それから最初のAKAIサンプラーを売ったのも俺だよ。RPは独自のスタイルを持っていて、フットワークだけど、ちょっと風変わりなね。それを俺は、RPスタイルと呼んで良いものを持ってる。Rashadは、RPスタイルとゲットーハウスの中間みたいな感じだ。RPとRashadとDJ Clentが自分たちの音を作り始めて、テンポも上げて行ったんだ。俺らが始めた頃は130とか135 BPMだったけど、それを140、150、160という具合にね。
―RP Booはどんな人なんですか?

Deewon:RP Booは、DJ Rushを知ってるかな? RPとRushのサウンドは似てるんだ。Rushは今でも125-135 BPMあたりで作ってるけど、RP Booはフットワーク界のDJ Rushみたいなもんだ。ちょっと抽象的で、ちょっと変わっていて。今は細分化されてしまったけど、2人ともハウスにルーツを持ってる。それからTraxman。彼もイタロハウスの時代からずっと居るよ。クラフトワークとか、Arthur Bakerの時代からね。そういう背景を持ってるから、音楽に詳しいんだ。古いものから新しいものまで、音楽の作り方を知ってる。Corky(Traxman)は本当に上手いんだ。

Fulltono:Traxmanは、初めてあなたのミックステープを聴いたときに衝撃を受けたと言ってました。当時はCDじゃなくてテープだったんですね?

Deeon:そうだよ、カセットテープしかなかった。家でダビングして売ってたんだけど、街中の人が欲しいって言ってくれたから、もっとダビングして、中国人が経営してるお店に置いて売ってもらってたんだ。そうやって始まったんだよ。草の根的な活動。当時は手作業が多かったからね。今は簡単になったけど、当時は、目標を達成するために一生懸命、動く必要があったんだ。自分の足でプロモーションしたり、ダブル·ラジカセで何時間もダビングしたり。でも、何物にも代えがたい経験だよ。あのときに、あの場所にいて、自分の手で……成功したいっていう気持ちに拍車がかかったよ。大きな流れの中にいる気持ちっていうかね。

―今彼は今でも新しい音を作り続けて、本当にすごいなと思います。

友人:流行に取り残されないんだよね、Deeonは、本当にそれ。

—今夜はどんなプレイをしますか。

Deeon:Funkがド派手にやらかすだろうから、俺はちょっと違うことしないとね。ブースで踊って、飛び跳ねて、騒いでってのはできないからさ(笑)。いろんな音楽をかけるよ。ゲットーハウスからジュークまで。いや、ハウスからデトロイトからゲットーハウスからジュークまでって感じかな。

―デトロイトのゲットーテックは、シカゴに影響を受けている感じがするのですが。

Deeon:ゲットーテックっていうのは、そんなに好きじゃないんだ。自分が影響を与えているのは確かだと思うんだけど。個人的には、Juan Atkinsとか、当初のデトロイトテクノのサウンドの方が好きなんだ。彼は大好き。ゲットーテックも悪くないけど、本家本元のデトロイトテクノの方が好きだよ。ゲットーテックは、むしろRashadの影響がでかいんじゃないかな。Rashadとか、Spinnとか、Clentとかね。俺から見たら、彼らが作ったと言っても過言じゃない。Godfatherはそこに目をつけて、露出を増やしてくれた。Rashadがいなければ、こうはなってなかったんじゃないかな。俺もだけど、MiltonとかSlugo、Traxmanとか、この辺りがいなければ、今のサウンドはできてなかったと思うよ。Rashadは仕事に対してすごく熱心で、真面目だったんだ。ものすごい数の楽曲を作っていたんだよ。リリースされているだけで膨大なカタログがあるけど、未発表曲のカタログはさらに膨大なんだ。あっという間にやっちゃうタイプだった。RP BooやClentの力もあるけど、今日のジュークは彼が作ったようなもんだよ。

Fulltono:Traxman、Rashad、RP Booとか、日本へ来たときに皆、口を揃えてDeeonをリスペクトしていると言ってました。

Deeon:ありがたいことだよ。自分で言うのはためらうけど、まあ父親的な存在ではあったよね。みんなゲットーハウス出身で、そこからジュークに入って行ったから。そして今日に至るってわけさ。次のサウンドは分からないけど、今はフットワークが来てるよね。
—次のサウンドを占うとしたら、どんなサウンドだと思いますか?

Funk:Space age……次は宇宙の時代だよ。

友人:Martian House……転火星ハウスとか(笑)

—最後に、日本の読者にメッセージをください。

Deeon:90年代に、それまでやっていた人たちが何も作らなくなって、でもGreen Velvetとかが〈Relief Records〉や、〈Dance Mania〉を通してハウス·ミュージックを救ったんだ。それで今日がある。フットワークという形になって、シカゴハウスは生き続けてるんだ。今もね。次は、君たちの番だよ。

Photo:Hikaru Funyu(People),Kana Yoshoka(Party)
Text:Kana Yoshioka
Special Thanks:CIRCUS TOKYO

 

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