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SPECIAL

The Culture Clash:Young-Gがタイに惹かれる理由【Interview】Part.1

知れば知るほどのめり込む、タイのヒップホップを通じて知ったモーラム、ルークトゥン、そしてサイヨーという音楽

Mixmag Japan | 18 March 2020

ここ数年、さらに注目を浴びているアジアの音楽。バンド、ヒップホップ、ダンスミュージックと、ローカルのアーティストやDJたちが、新しい解釈で良質なサウンドを生み出している。そのアジアの中でも、早い段階から自国のサウンドを作り上げているのが、タイ。国の歴史や、土地の文化が反映されたタイ独自の音楽は、今を生きる音楽家たちの間でも息づいている。そのタイの音楽に魅了されたのが、Young Gだ。山梨発の人気ヒップホップ・クルー、stillichimiyaのDJとして活躍するYoung Gは、映像制作集団「空族」の富田克也が監督を手がけた映画『バンコク・ナイツ』の制作に参加したことをきっかけに、タイの音楽に興味を持ったそうだ。タイ東北部のイサーン地方で体験したモーラムやルークトゥン。その実態をもっと知りたくなって、遂には約1年バンコクに移り住み、現場でタイの音楽を掘り下げていった。

その結果、現在はイサーン地方を拠点に活動するバンコク出身のラッパーJuuに出会い、昨年はJuu & J.Geeとともに、アルバム『ニュー・ルークトゥン』を制作/リリース。これまでにない新しい解釈で、アジアのヒップホップをさらに前進させた内容に仕上がったのではないかと思う。そして日本へ帰国後は、 SOI48などとともにタイやアジアのサウンドを紹介するチーム<OMK>を主体に、モーラム、ルークトゥン、タイのヒップホップやR&B、そしてサイヨーと呼ばれるタイ・オリジナルのEDMをDJプレイ。日本のダンスフロアではめったにお目にかかることのできない、グルーヴ感のあるぶっ太いビートと、キレキレのエレクトロを聴かせてくれている。フロアで踊っている人たちは、気づくと腰で音を刻んで、どんどん姿勢が低くなっていく……まさにGET DOWN。現在進行形で、タイを筆頭にアジアの音楽を掘り続けているYoung Gに、タイの音楽の魅力を聞いてみた。

タイのルークトゥンやモーラムを掘っていくと
それを使ったヒップホップがある

―そもそも、Young Gさんがタイにはまった理由はなんだったんですか

Young G:最初は2009年くらいにタイに遊びに行ったんです。stillichimiyaを始めて2、3年経った頃だと思います。まず普通にバンコクへ行ったんですけど、すぐに飽きて南の島へ行ってしまって。プーケット、パンガン、ピピやクラビーにも行ったのかな。島を回って、バンコクに寄って日本へ戻ったんですけど、そのときは「これがパンガン島のレイヴか!」というくらいの体験だったんですね。そのときは男友達と2人で遊びに行ったんですけど、バンコクに戻ってクラブに遊びに行きたいなと思ってトゥクトゥク(タイの交通機関のひとつ)の兄貴に聞いたら、「ディスコ」があると。「連れてって」と言ったら、ディスコに連れていかれたんですけど、テーブルがあるディスコだったんです。黒服がいて、酒を飲みながらスタンドテーブルをシェアして踊るんですけど、当時はそこにいても馴染めなくて(笑)。かかっていたのはUSのメインストリームな感じのヒップホップだったんですけど、日本で言う「クラブ」にはそのときは行けず終いでした。

―次のタイ訪問は何がきっかけで?

Young G:2014年から5年にかけて撮影スタッフとして参加した映画『バンコクナイツ』ですね。そこからタイへ再び行くようになったんですけど、その前の2011年にフィリピンへ行ったときに、マニラのトンド地区(ゴミでできた巨大な山、スモーキーマウンテンが有名で東南アジア最大のスラムと言われる)のヒップホップ・クルーTondo Tribeと知り合って、マニラのトンドという場所で、ヒップホップのワークショプをやったりしていたんですよ。おみゆきチャンネルって、僕とstillichimiyaのBig Benがやっているユニットのアルバム『おみゆきさん』をリリースしたときに、日本の楽器を取り入れて曲を作ったら、それが評価されて国際交流基金の人から連絡がきまして。マニラのトンドっていうところにいる子供たちに、音作りだとか、ヒップホップのノウハウを教えて欲しいということで、そのプロジェクトに呼ばれて行ったんですけど、現地でリアルなタカログ語のラップを体験して「こんなのがあるんだ!」と衝撃を受けて。東南アジアがすごくパワーがあることは知っていたけど、それを知ってしまってから、これはフィリピンだけではないはずだと、他の東南アジアのヒップホップをインターネットやCD屋さんのワールドコーナーで探しはじめて、そうこうしているうちに『バンコクナイツ』の話が立ち上がり、2014年にタイへ撮影で行くことになったんです。それまでタイのヒップホップは、有名なところだとThaitaniumJoey Boyなどを聴いていたんですけど、撮影の時期からタイのレアグルーヴ的なルークトゥンやモーラムを掘っていくとそれを使ったヒップホップがあることに気づいたんです。

―タイのヒップホップ・アーティストが、モーラムやルークトゥンなどのタイのレアグルーヴ的な物を使って曲を作っていたと。

Young-G:はい。Thaitaniumはウエストコースト系のヒップホップのイメージだったので、当時あまりタイっぽさは感じなかったんですけど、Joey Boyには何故かタイっぽさを感じました。カウベルが曲の頭に入っていて、早いBPMとグルーヴで、なんかマイアミベースみたいな感じなんだけど、最近僕らがDJでかけているサイヨーと呼ばれるタイ産EDMの大元になっている”サムチャー”っていうタイのチャチャチャの感じがしたり。サムチャーっていうのはタイにラテン音楽のチャチャチャが入ってきたときに、タイのリズムと同じだと感じて「サム(サムはタイで3の意味)・チャー」と言い換えて自分たちのものにした、と言われているんですけど。50年代や、60年代のルークトゥンやモーラムを聴いていると、その流れを感じることができるんですよ。
―面白いですね。誰が最初に、気づいたんでしょかね。

Young-G:一般的にはCARABAOというタイの国民的バンドが”サムチャー”という言葉を作り出した、とかは言われてるんですがそのリズム自体は古くはSP盤時代の音源(1940、50年代とか?)とかにも感じるので。Joey Boyは、そのサムチャーを早くからヒップホップに取り入れていたんですね。Thaitaniumと、Joey Boyは、2000年代前半くらいに大きなビーフを起こしているんですけど、そのときにタイのヒップホップがThaitanium派と、Joey Boy派に分かれたことがあったんです。そのときに、Thaitaniumがアメリカ直球のスタイルできたから、それに対抗する為にJoey Boyがタイオリジナルの”サムチャー”をヒップホップに取り入れたんじゃないかと言われています。Joey Boyの曲で「คิดถึงจังหวะ」(キッテン ジャン ワット)と言って、「リズムを考えて踊る」っていう曲があるんですけど、「これがタイのリズムだ!」「自分たちのリズムで踊ろう! 」って、すごく格好いいアティチュードの曲があるんですよね。

―Joey Boyの曲から、タイのルーツのリズムを知っていったんですね。

Young-G:そうですね。そういう事を知ったのも、『バンコクナイツ』撮影を通じてモーラムやルークトゥンなどの古い音楽を知り始めてからですね。撮影が終わって帰国後もそういうのを掘り続けるくらいすごく気になりだしちゃったんです。それで、アジアの文化のクロスポイントであるタイを掘っていくことで、アジアのヒップホップがもっとわかるんじゃないかなと。それでもう「行くしかない!」と思って、決意を決めてバンコクへ約1年間住むことにしたんです。

―バンコクに住んでいた1年間はどうでしたか? どんなアーティストに出会ったりしましたか?

Young-G:凄くいい経験になりましたしたね。そのときに出会って一番衝撃を受けたのがJuuさんだったんです。最初はYouTubeでいろいろヒップホップ・アーティストを調べて、ライヴに行き出したんですけど……まだ有名になる前のYoung Ohmも見に行ったしRAP IS NOWという巨大フリースタイルバトルとかアーティストが集まる小箱のパーティとか。その中でいろいろな意味で一番ヤバいなと思ったのが、Juuさんだった。Joey Boyにも、Thaitaniumにもないタイらしさがヒップホップに落とし込まれていたんです。それでひたすらライヴに通って、だんだん仲良くなって、自分が日本へ帰ってからJuuさんを日本へ呼んだんですよね。

―どんなタイらしさが落とし込まれていたんでしょうか?

Young-G:ルークトゥンはタイでいうと歌謡ジャンルのひとつなんですけど、面白いのが歌詞でジャンルを判断するんですよね。そのことを知ったときびっくりしたんですけど、歌詞の内容が同じであれば、バックのオケはなんでもいい。それがひとつのジャンルになるんです。ちなみにルークトゥンは、直訳すると「田舎の子」とか「田舎の歌」という意味なんですけど、ようは田舎の歌を歌っていたら、オケがEDMでもヒップホップでもルークトゥンなんです。だから、言葉がわからないと判断しづらいんですけど、ルークトゥンは、「田舎が恋しい」とか「バンコクに出稼ぎにきて」という内容なんですよ。それって日本の演歌にもありますよね。吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」とかは、ラップが入っていますがまさにルークトゥンなんです。なんなら俺たちstillichimiyaは、山梨で田舎のことをずっと歌っていたんですよ。だからタイで言えば、俺らルークトゥンだったんだなって(笑)。
Juuさんは、そういうルークトゥンが好きで取り入れていたんです。さらにJuuさんがヤバいのは、150年前のラーマ5世(タイ国王)の時代の歌を学んで「昔の古い言葉がヤバい」と、ヒップホップやトラップのビートの上に乗せてライヴをやってるんです。Juuさんは「僕が使っているタイの昔の言葉は、タイ人でもなかなかわからない」って言ってましたけど、超ぶっとんでますよね(笑)。

1年間タイに住んでいて、1番ヤバいな
と思ったのがJuuさんだった

―150年くらい前の言葉を、今のトラックに乗っけるとは斬新ですね(笑)


Young-G:例えば「いろはにほへと ちりぬるを」とかを、ヒップホップにしている感じですよ。言葉として「いろはに~」は、日本人は知っているけど、意味を知っている人は少ないのと同じ感覚なんですけど、ともかくJuuさんは実験的なことをやっているんですよね。さらにはラムウォンという、タイに1940年代からあるダンスミュージックを取り入れてたりもしているんですよ。


―Juuさんに興味が出てきました……Young Gさんが知るJuuさんとはどのような人物なんですか?


Young-G:Juuさんはバンコクの外れで生まれ育って、暴走族をやっていたらしんです。タイはMTV文化が凄いんですが、それでMC Hammerを観て衝撃を受けたそうなんですけど、お父さんがバンドマンだったから、若い頃からロックやパンクのバンドもやってたり、さらにはスケーターであり、B-BOYダンサーでもあったんですよ。だからJuuさんには、バンドの方にもヒップホップの方にも友達がたくさんいます。90年代初頭、カオサンには、バンドマンからヒップホップをやっている人たちまで、いろいろな人たちが集まっていて、喧嘩が絶えなかったそうなんですけど、その間に入ってまとめていたのがJuuさんだったそうです。タイ中を回って当時情報がなかったブレイクダンスを教えていたときにラップを始めて、同時にレゲエに興味がでてきて、それをうまく吸収した上でタイの音楽をさらに取り入れている感じですね。ジャンルに左右されない、本当に独特な人です。

ルークトゥンは歌詞文化。
だからこれは"ニュー"・ルークトゥンだと

―JuuさんとYoung-Gさんと一緒に制作をした、アルバム『ニュー・ルークトゥン』ですが、新しい解釈のルークトゥンに仕上がっているように思います。これは最初から狙っていたんですか?


Young-G:最初は、ニュー・ルークトゥンという言葉もなかったんです。このアルバムは俺がタイに住んでいたとき、レコードを掘って、ライヴを観てってことを繰り返していたときに作っていたビートがベースになっているんですけど、それで日本へ帰国する前に、Juuさんが自分の部屋に遊びにきてくれたので、そのときに作っていたビートを聴かせたらすごく気に入ってくれて、それで「これはニュー・ルークトゥンだ!」と言ったんです。それが面白いなと思って、〈EM Records〉の江村さんにその話をしたところ、「ニュー・ルークトゥンっていいね」ってことになりまして、そこからアルバムの制作を始めたんですよ。


―すべてトラックのネタはルークトゥンだけにしようとか考えていたんですか?


Young-G:それは特に意識していなかったですね。そのときはタイで音楽を作っていたから、なんとなくタイのネタを使っているものが多かったんですけど、ルークトゥンが歌詞文化ということがわかってから、逆にいろいろな音があっていいんだなと思って。タイって、サイヨーもですけど、EDMがすごく人気なんです。EDMはタイではど田舎でもガンガンかかるし、ラオスやカンボジアでも人気だし。原住民の暮らしをそのまましているようなところで、道端でかかっていたり、ガンガンにEDMを鳴らした車とかが走っていたり。その感じってあんまり日本にはないし、EDMやトラップなどの今の音ももっと入れてみたいなと思ったんですよね。


―何でも取り入れることが可能ということですね。


Young-G:そのなんでもありっていうのが、すごくルークトゥン的だし同時にヒップホップだなって思います。だから『ニュー・ルークトゥン』を作り終わって、リリースをしてから改めて日本の音楽の事とか考えさせられることもありました。TKOという1990年代にタイ最初のヒップホップ・クルーと呼ばれる人たちがいたんですけど、タイ音楽が自然にサンプリングされていて、その時代の「ニュー・ルークトゥン」なんだと思ったんですよね。それと俺がやっていることも、日本人がタイに行って、タイの音楽をサンプリングしてヒップホップにしたら、それはヒップホップであるし、ニュー・ルークトゥンでもあるということなんです。ある意味アジアの最先端ヒップホップだとも思うんですよね。しかもJuuさんは、タイ語、日本語、英語、しいていえばカンボジア語も入れてきているので、それってニュー・ヒップホップであり、ニュー・ルークトゥンそのものなんです。

Juu & G.Jee.
『ニュー・ルークトゥン』
EM Records

―ルークトゥンは、サンプリングするには使いやすかったですか。

Young-G:使いやすかったですね。ルークトゥンはアメリカのヒップヒップの元になっているファンクに近いと思います。タイの踊る民族性にフィットできるようすごく考えられていて。ヒップホップ的だし、前のめりというか。だからルークトゥンを聴くと、なぜ日本の演歌はテンポが遅いんだろうとか気付かされるし、しかもタイではルークトゥンが若い人たちの間でアップデートされていると思える。日本だと若い人たちは演歌を聴かないですけど、タイでは今だに若い人たちもルークトゥンが好きなんですよ。自国のものをアップデートして、今もオリジナリティに誇りを持っているんです。そしてヒップホップも同様にオリジナルを大切にしていると思います。

 

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